テキストサイズ

恋、しません?

第1章 第一話 男友達の家政婦致します

 その事を改めて菊子は思い出す。
「正直、気になってました」
「うん」
 雨は菊子から視線を外し、グラスにビールを注いだ。
 それを一口飲むと「美味しいね」と呟く。
 菊子はそんな雨を黙って見ていた。
 やがて、グラスの中のビールが無くなると、雨は菊子の顔を見て話し始めた。
「俺と日向は母親が違うんだ」
 呟く様にそう言った雨の台詞に菊子も呟く様に、「そうでしたか」と返す。
 雨はゆっくりと頷く。
「俺の親父がろくでなしでさ。酒に女は当たり前で、浮気はしょっちゅう。でも、仕事だけはちゃんとやる人で、だから母さんは文句は言わなかった」
話しの途中で、雨はグラスにビールを注ぐ。
 しかし、ビールはもう空だった。
 惜しそうな顔をして、雨はビールの缶をテーブルに置く。
 缶がテーブルに当たる時、コツンと音を鳴らした。
 菊子の目が、缶に移る。
 その瞬間に雨がまた話し出す。
 菊子は視線を直ぐに雨へと移した。
「日向は、その浮気相手に出来た子供なんだ」
 雨の目は、菊子を見ている様でいて、どこか遠くを見ている様だった。
 きっと、雨は当時の感情を思い出しているのだ、と菊子は思う。
 そう思うと菊子の胸は何故だか痛かった。
「その時……日向が生まれた時、俺はまだ七つだった。親父は日向の家に入り浸る様になって。母さんも、流石に浮気相手に子供が出来たのは許せなかったみたいでさ。たまに親父が帰って来れば母さんと親父は喧嘩して。そんな光景を見てさ、子供ながらに、俺の家はどうしようもねーな、と思ったもんだよ。早く大人になって、こんな家出たいと思ったよ。喧嘩ばかりの両親も、さっさと離婚しろよと思ったもんだが、不思議とそれは無くてさ」
「目黒さん……」
 菊子の見た雨の目はどことなく悲しそうな色をしている様だった。
 菊子は思う。
 もしも、自分が雨の恋人だったなら、きっと今すぐに雨を抱きしめているだろう、と。
 しかし、それは出来ない。
 友達だから。
 だから菊子は雨を見ているだけだった。
 雨の話しは続く。
「俺が十歳になった頃、何を考えていたのか、母さんが俺を連れて日向の母親に会いに行ったんだ。二人でバスに乗ってさ。それで、たどり着いた日向の家ってのが、呆れるくらいの安アパートで、母さんは俺の手を握りながら、しばらく日向の家の扉の前で無言で立ち尽くしてた」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ