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恋、しません?

第1章 第一話 男友達の家政婦致します

「全く、何やってんだ」
 日向の手が、菊子の背中に伸びた。
「ひぁ!」
 日向の手の感触がくすぐったくて菊子が悲鳴を上げる。
「ばか、変な声出すなよ。手伝ってやるから」
 日向は器用な手つきで菊子のエプロンを外した。
 その手つきは意外にも丁寧で菊子を驚かせた。
「あの、ありがとうございました」
 菊子は礼を言うと、日向の顔を見上げてみた。
 日向の顔は、雨とは似ていない。
 母親似なのだろうか、と菊子は考える。
「いつまで人の顔見てんだ」
 日向が菊子から視線を逸らす。
「ごめんなさい」
 そう言って日向の顔を菊子が窺うと、日向の顔は真っ赤だった。
 
 もしかして、照れました?

「しっかりしろよ、家政婦」
 そう静かに言うと、日向は菊子のエプロンを玄関の飾り棚に置き、菊子の横をすり抜けて玄関扉から外へ出てしまった。 
 日向の新しい顔を見た気がして、菊子はしばらくその場でにやけていたが、雨を待たせている事を思い出し、外へ出た。
 菊子が外へ出ると、雨と日向がもう門の前にいて、雨が菊子を、「おーい!」と呼んでいる。
「すみません、今行きます」
 菊子は雨の下へと走る。
「そんなに急ぐと転ぶぞ菊子」
 雨が言う。
「そこまでドジじゃありません」
 全く、雨はいつも一言多いと菊子は心の中で不満を垂れ流す。
 菊子が側まで来ると、日向が門を開ける。
 開いた門から雨が車椅子を、するりと滑らせて出ると、その後に菊子が続いた。
「じゃあ、日向、行ってくるから」
「ああ、あにき、気を付けて」
 日向の顔は不安そうだ。
 私と二人で出掛けるのがそんなに心配ですか、と言ってやりたいのを堪えて、菊子は代わりに、日向に「日向さんは、何か買って来て欲しい物はありますか?」と訊ねた。
 訊かれて、日向は少し考えた後、閃いたと言わんばかりに顔を輝かせて「醤油」と口にした。
「醤油、ですか?」
「ああ、醤油。醤油が切れていたんだ。買っといてくれ。一リットルのやつ」
「分かりました。他には?」
「他は別に良いよ」
「はい」

 一リットルの醤油。
 よりにもよって重たいやつか。
 これは、日向さんからの挑戦状か?

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