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恋、しません?

第1章 第一話 男友達の家政婦致します

「おい、何睨んでるんだよ?」
 日向が怪訝な顔を菊子に向けて言う。
「別に何でもありません。行きましょう、目黒さん」
「え? ああ。じゃあな日向」
「ん、あにき。おい、家政婦、くれぐれも、しっかりな!」
「なっ。えーえー、そりゃもう、しっかり致しますとも!」
 お約束の様に睨み合う二人。
 雨は、やれやれと首を横に振る。
「おい、菊子、先に行くぞ!」
「え、目黒さん、ちょっと待ってください!」
 もう、先へ進んでいる雨の背中を菊子は追い掛ける。
 その二人の姿を、日向は複雑そうな顔をして見送った。





 菊子が雨に追い付くと雨が車椅子の速度を緩めた。
 菊子は弾む息を整えながら雨の隣にそっと並んだ。
 街路樹の桜の花びらがシャワーみたいに舞い落ちる道を二人は並んで歩く。
「こうして明るいうちに菊子と外を歩くなんて久しぶりだな」
 雨が言う。
「そうですね。何だか新鮮な感じがします」
 菊子と雨はたいがい夜のBARで時間を共に過ごす事が多かったので日のあるうちに会う事は無いに等しかった。
 日の光の下で見る雨は、白い肌が眩しく光って、どこか儚げだ。
 夜に見るミステリアスな雰囲気を纏った姿とは異なって、アンバランスに菊子には見えた。

 このアンバランスさも女を引き寄せる魅力の一つなのかしら?

 と菊子は考える。

 異様にモテる雨。
 それは雨がお金持ちだからだけではなくて魅力的な人物であるからである事は菊子も分っている。
 しかし、菊子はその魅力に引きずられない。
 友人としては、勿論、雨の魅力に惹かれている。
 だが、その魅力が雨を恋愛対象として見る材料にはならなかった。

 どうしたらこの男を好きになるんだろう?

 そんな事が菊子の頭を過った瞬間、雨と目が合う。
 菊子は、びくりとした。
「どうした? さっきから俺の事じーっと見て。もしかして俺の事好きになっちゃった?」
 雨の冗談に菊子は、「ままままっ、まさか!」と顔を赤くして慌てて答える。
 そんな菊子を雨は笑って見上げるのであった。

 もう、本当に何なの?
 この男は!
 絶対に好きに何かなるもんか!

 菊子は密かに闘志を燃やした。



「あら、目黒さん」
 ふと声が掛かる。
 雨が車椅子を止めた。

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