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恋、しません?

第1章 第一話 男友達の家政婦致します

「いえ、目黒様にはいつもごひいきにしてもらっていますから。帰りは、お車でしたか?」
「ああ、迎えを呼んである。ついでに彼女も送って行くよ」
 そう言って、雨は酔いつぶれている菊子を目を細めて見る。
「大事になさってますね、彼女の事」
 マスターが微笑みを浮かべながら言うと、雨は、「そりゃ、大事さ。数少ない友達だからね」そう言って、柔らかく目を閉じて微笑んだ。





 桜舞う、晴れ晴れとした真昼の春の日差しを浴びながら、菊子は雨の描いた地図を頼りに目黒邸を目指していた。
 今日から菊子は雨の家で家政婦として働く。
「それにしても、凄いわ、ここ」
 辺りを見渡し、菊子は呟く。
 横を向いても縦を向いても豪邸ばかりで菊子からはため息が漏れていた。
 雨が住んでいるのは高級住宅地だった。
 菊子は、そう言えば芸能人のお宅拝見でこの住宅地が映っていた事があったな、と思い出す。

 嫌味な所に住んじゃって。

 菊子は雨の姿を思い浮かべながら憎らし気に物凄く上手に描けている地図を眺めた。
「うーん、この辺のはずよね。えーと、目黒、目黒っと」
 菊子が表札を睨みながら雨の家を探していると、目黒と書かれた白い大理石の表札が菊子の目に飛び込んだ。
「ここ?」
 住所を確認してみると合っている。
 黒い鉄製の門に囲まれた白くて四角い、大きな二階建ての家。
 門からは庭にある桜の木が見えていた。
「超、豪邸じゃないの」
 菊子は思わず口笛を吹いた。
 息を呑んで、インターフォンに指を近づけた菊子は、不意に雨との約束を思い出す。

 お互い、絶対に恋愛感情だけは抱かない事。

 ふんっ、と菊子は鼻で笑った。

 そんなの楽勝よ。
 誰が、目黒さん何かに恋するものですか。

 菊子は、ガッツポーズを取ると、インターフォンを力強く押した。



「はい」
 インターフォンから雨の声がした。
「目黒さん、野宮です」
 菊子はインターフォンに顔を近づけた。
 すると、雨が「菊子、顔が近いよ。モニターでアップで見えてるから」と笑い声交じりに言った。
 菊子は顔を赤くして慌ててインターフォンから顔を遠ざける。
 インターフォンから雨の、くくくっ、と言う笑い声が漏れて来て、悔しい気持ちになる菊子。
「もうっ! 笑わないでもらえます?」

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