テキストサイズ

恋、しません?

第1章 第一話 男友達の家政婦致します

「ははっ、鍵は開いてるから入って来な」
「分かりました」
 菊子は、ふくれっ面で門を開けると、家まで伸びる短いコンクリートの道を大股で歩き、玄関まで向かう。
 玄関扉は大きな木製の引き戸の扉だった。
 縦長にはめ込まれた白い磨りガラスが扉の中心にはめ込まれている。
 菊子は鉄製の黒いドアノブに手を掛け、扉を引いた。
 扉は気持ちよく、すっと開いた。
「いらっしゃい、菊子」
 家の中では車椅子に乗った雨が菊子を待ち構えていた。
 しかし、菊子の目に、雨は映らない。
 菊子は家の中を、きょろきょろと見回していた。
「な、何だか凄い家ですね」
 菊子から、今日何度目かの、ため息が漏れた。
 天井まで届く大きな窓のある広々とした玄関のロビーの先には広くて長い廊下が真っすぐ続いている。
 その廊下の先には、やはり天井まで届く大きな窓があり、そこからは緑色の葉を付けた木が植わっている小さな庭が見えた。  
「大した家じゃないさ。それにしても菊子、荷物はそれだけか」
 雨はスーツケース一つと大き目の肩掛け鞄を持っただけの菊子を不思議そうに眺めて言った。
 雨に、じっと見られて菊子は、肩をすくめる。
「ええ、これだけ。何か悪いかしら?」
「別に悪くないさ。菊子らしいよ。さあ、上がれよ。お前の靴は、そこの靴箱に入れておいてくれ。それと、スーツケースはとりあえず、そこの脇に」
 言われて菊子は、スーツケースを玄関の隅の観葉植物の横に置いてから、天井まで届くシューズボックスに目をやる。
 どんだけ靴があるのよ、と菊子は心の中で毒づいた。
 菊子はシューズボックスを開ける。
 中には色とりどりの靴がみっちりと並べてあった。
 どれも値段の張る良い靴である事は明白。
 菊子は眉間に皺をよせながらシューズボックスの下段の隙間に自分のお安いスニーカーをねじ込んだ。
 そして、段差のない玄関のたたきをまたいで「失礼します」と揃えられているスリッパに足を滑り込ます。
 スリッパの柔らかい感触に菊子は少しばかり感動する。
 スリッパに視線を下ろすとブランドのロゴが見えて驚愕の菊子だった。
 菊子が玄関から家に上がると雨は車椅子をくるりと回して菊子に背を向ける。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ