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孤高の帝王は純粋無垢な少女を愛し、どこまでも優しく穢す

第40章 めまい

「かしこまりました。お体の具合はいかがですか」

浅木さんは低く柔らかい声で言った。

「たいしたことないの。いつものことだから主人も知っているので、体調のことまでお伝えいただかなくて結構よ。直接、話しますから」

浅木さんには、遥人さんとの会話がほとんどないことを知られたくはなかった。家庭不和を社員に知られれば、社長の信用にかかわる問題になりかねない。

「かしこまりました。奥様、お大事になさってください」

「ありがとう」

私は浅木さんと幾度となく連絡をやり取りするうちに、その深みのある声を聞くと、心なしか胸の奥が和らぐ心地がするようになっていた。

実際その時も、二言三言交わすうち、めまいが止まってしまった。

話を聞いてくれる人がいると実感しただけで、日ごろのいろいろなことで凝り固まった緊張が、緩んだのかもしれなかった。

「…夕方にはおそらく戻れると、主人に伝えてください」

「はい。奥様、じつは、本日中に資料をご自宅に運ぶよう申し付けられております、なにか必要なものがあれば夕方、一緒にお持ちしましょうか」

浅木さんは私を心配しているようだった。

「特に、結構ですわ。お心遣い、ありがとうございます」

そう言って私は電話を切った。



夜、耀と彩に早い夕食をとらせて塾へ送り出し、近所の診療所で処方された薬を飲んでソファで休んでいると、チャイムが鳴った。

仕立てのいい上質なネイビーのスーツ、きれいに整えた短めの髪。

清涼感が溢れ、いかにも仕事ができそうな風貌でありながら、微笑んだ瞳には引き寄せられるような温かさと人懐こさが滲み出ていた。

「社長の資料をお持ちしました。それとこれは、耀さんと彩さんに陣中見舞いです」

そう言って掲げたのは、アイスクリームショップの紙袋。

「アイスクリーム、こんなにたくさん」

「はい。奥様もたまには、こういったものも召し上がってみてください。選ぶのも楽しいですよ」

浅木さんが微笑むと、美しく弧を描く目元に思わず視線を奪われた。

一瞬、おじさまの面影と重なった。

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