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孤高の帝王は純粋無垢な少女を愛し、どこまでも優しく穢す

第41章 しじま

翌朝、耀と彩を起こして学校に送り出し、食器を洗っていると電話が鳴った。

浅木さんであってほしいと、どこかで期待しつつ、受話器を取った。

「奥様…」

そう呼んだ声は、間違いなく浅木さんのものと分かった。胸が、高鳴る。

「浅木さん…」

「…奥様、昨日は、大変申し訳ありませんでした」

浅木さんは苦し気に喉を絞って言った。

「えっ?」

あの時、互いの好意を確認し合ったと思い込んでいた私は、酔った勢いの戯れで唇を重ね合っただけだったのだと知り、一気に顔の血の気が引くのを感じた。

ならば去り際のあの目は、どういうつもりだったのか。

彼を思い出して疼く体をなだめた昨晩の自分が、情けなく、恥ずかしく、不憫にさえ思えた。

その想いは、体の中で跳ね返り、怒りとなって浅木さんに向こうとした。

けれども次の瞬間、私は「上司の妻」という立場に立ち戻って、昂る感情を抑えこんだ。

そして、できるだけ冷徹に彼をはねのけてやることで、自分のやりきれない思いを発散させようと試みた。

「なんのことかしら。むしろ、主人が迷惑をかけてしまって…主人に変わって謝りたいのはこちらの方よ。本当にごめんなさいね」

「いえ…」

「それで、なにか主人に伝言?今はまだ隣で熟睡してるけど、起こしてすぐ伝えますわ」

「あ、はい。今日は、午後二時の会議からご出勤いただくように調整しましたので、午後一時にお迎えに行くと」

「わかりました」

冷ややかな対応に、浅木さんは動揺していた。

当てつけだと浅木さんには分かっているかもしれなかった。

それでもなんでも、謝罪されたことで起こった悔しい思いを拭い去りたかったのだ。


受話器を置き、ため息をついた。

恋の火種は、間違いなく着いていたはずだった。

それを、自分の立場を恐れて中途半端なところで身を引いた浅木さんに、腹立たしい思いだった。

焦れて浅木さんにささやかな復讐をした私は、これでは完全に恋する少女じゃないか…と自分に呆れた。


けれども、これでいいのかもしれないと思った。

浅木さんにとっては、上司に秘密を隠しながら私と男女の関係を結ぶなんて綱渡りは、あまりに危険すぎた。

それに私は、そこまでの危険を冒すほどの女ではない。

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