
あさいらむーんのひとりごと
第66章 2026年9月
「小説の続きを書く」
なかなか進まないSF小説「クローン人間」
久し振りに中断ページを振り返ってみた
ちょうどクローン人間たちが眠りから覚めていく、というシーン
確かこのとき想定していた続きはこんなふうだったな、、、と思い出しながら1ページだけ更新してみた
たかだか1ページ
でもこういったお話しはあまりいっきになぐり書きしたくない
ちょっとダラダラ目に書く
それがやりたかったから続けている
しっかり書き終えるのが目的なら短編や中編でやってる
SF小説はダラダラ書き流していくほうが性に合ってる
舞台は宇宙世紀のお話しだけど、
書きたいのは「悲運」だ
前作の「月のウサギ」もそうだし、そのまた前作の「浮遊空母」もおなじく“悲運”をテーマにしている
もちろん戦闘シーン、アクションシーンもあるけれど
どこか切ない物悲しさ、が書きたい
短編や中編も根底は“悲運”なものが多い
「サメ映画」シリーズの10本の短編はおもに“悲運”なものが多かったけれど
長編なものはあまり悲壮感は無いな
「シャーク×サルベージ」も
「みにくいケイト」もあまり悲壮感は無い
もともとサメの被害を描く以上次々と襲われていくわけだから、そこは悲運よりアトラクション的な感覚で書いていた
「次はコイツだな」
みたいなもん
13日の金曜日やエルム街の悪夢と同じだな
だからなのか、ボクのイメージとしては「サルベージ」も「ケイト」も妙に明るいのだ
書いていても楽しかった
特にケイトのほうは続きをついつい考えてしまう
余計なことだとは思うけど、あのキャラクターたちをもう一度書きたいな、と思わせてくれる
逆にSFの「月のウサギ」今回の「クローン人間」は別に書いていて楽しいわけではない
ただ書きたいから書いていく
浮遊空母もそうだった
頭の中で考えたことを文章化して残していきたい、という欲求
そして自己満足
今日は1ページだけしか書けなかったけれどこれを続けていたらきちんと完結できるだろう
そして3部作としてその完結編までしっかり辿り着きたい
自分のなかでは少し遠い景色のように思える
書き終えたときの満足感が
良いものであってほしいな
なかなか進まないSF小説「クローン人間」
久し振りに中断ページを振り返ってみた
ちょうどクローン人間たちが眠りから覚めていく、というシーン
確かこのとき想定していた続きはこんなふうだったな、、、と思い出しながら1ページだけ更新してみた
たかだか1ページ
でもこういったお話しはあまりいっきになぐり書きしたくない
ちょっとダラダラ目に書く
それがやりたかったから続けている
しっかり書き終えるのが目的なら短編や中編でやってる
SF小説はダラダラ書き流していくほうが性に合ってる
舞台は宇宙世紀のお話しだけど、
書きたいのは「悲運」だ
前作の「月のウサギ」もそうだし、そのまた前作の「浮遊空母」もおなじく“悲運”をテーマにしている
もちろん戦闘シーン、アクションシーンもあるけれど
どこか切ない物悲しさ、が書きたい
短編や中編も根底は“悲運”なものが多い
「サメ映画」シリーズの10本の短編はおもに“悲運”なものが多かったけれど
長編なものはあまり悲壮感は無いな
「シャーク×サルベージ」も
「みにくいケイト」もあまり悲壮感は無い
もともとサメの被害を描く以上次々と襲われていくわけだから、そこは悲運よりアトラクション的な感覚で書いていた
「次はコイツだな」
みたいなもん
13日の金曜日やエルム街の悪夢と同じだな
だからなのか、ボクのイメージとしては「サルベージ」も「ケイト」も妙に明るいのだ
書いていても楽しかった
特にケイトのほうは続きをついつい考えてしまう
余計なことだとは思うけど、あのキャラクターたちをもう一度書きたいな、と思わせてくれる
逆にSFの「月のウサギ」今回の「クローン人間」は別に書いていて楽しいわけではない
ただ書きたいから書いていく
浮遊空母もそうだった
頭の中で考えたことを文章化して残していきたい、という欲求
そして自己満足
今日は1ページだけしか書けなかったけれどこれを続けていたらきちんと完結できるだろう
そして3部作としてその完結編までしっかり辿り着きたい
自分のなかでは少し遠い景色のように思える
書き終えたときの満足感が
良いものであってほしいな

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