Biastophilia💋
第1章 Biastophilia
そして情の深い私は、全てを失った男へ完全なる憎悪を抱く事が出来なかった。
私は、弁護士を雇って彼が収容された刑務所を調べ上げ、1通の手紙を送った。
「お久しぶりです。覚えておりますか?千秋です。出所後、貴方に話があります。私と会うつもりがあるなら、私の家に身一つで来て下さい。」
5年の月日が経過した今、彼が私の家を訪れる可能性は正直あまり無いと思った。
だが、私の予想とは裏腹に手紙には返信があったのだ。
「出所日が確定次第、お知らせします。早く貴方の顔が見たい。」
手書きの文字の横の空白部分は、歪な凹みがあった。
湿った部分が乾いたような、その部分だけカサカサとした手触りだ。
泣きながらこの手紙を送ったんだろうか?
それともまだ
私を愛しているのだろうか?
その疑問は1年後、懲役6年の刑期を終えてインターホンを鳴らした彼と再会した事で全てが判明された。
頬がこけてやせ細った彼は、一部上場の元IT企業の若社長には到底見えなかった。
ダイニングテーブルの椅子に腰掛けさせて、最初は彼に喋らせた。
妻と離婚し、子供の親権も当然妻が取っていった。
「2度と私の目の前に現れるな。」と吐き捨て、子供を連れて出て行ったそうだ。
刑務所に収容中、面会に時々顔を見せに来た両親からも、腫れ物に触るような扱いを受け、今は無職の身の上だ、と。
何処にも自分の居場所が無いのだ。
私は久方ぶりに、気持ちが高揚していくのを実感した。
だがその素振りも1ミリも見せずに、私は拳を握り続けている聖司の手の上に自らの手をそっと置いたのだ。