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　五限が始まる直前に拓は教室に入ってきた。
　それを見てほっとする。
　だが、俺の方を見なかった。
　淡々と授業の準備をして、あとはぼーっと机を見ていた。
　頬杖を突いてその姿を眺めていたが、バカバカしくなって目を逸らした。
　なんで俺がこんなに気にしなきゃなんないんだよ。
　そっと唇に触れる。
　目線が止まる。
　右端から左端に指を這わす。
「人が忘れたふりしてやってんのに……」
　小さな秘密は誰にも知られることはなかった。

　放課後、荷物をまとめて拓に声をかける。
「帰んねえの？」
「あ？　ああ……放課後か」
「てめえ、大丈夫か？」
「ああ。多分」
　ぼーっとした目で荷物を背負い、立ち上がる。
　だが、すぐにすとんと椅子に座った。
「なにしてんだ」
「なんか、力が出なくて」
「昼飯少なかったからじゃねえの」
「ああ。それか」
　返事の抑揚の無さにイライラする。
　ぐいっと腕を引いた。
「さっさと帰るぞ、バカ野郎」
　玄関を出ても、拓は俺に引っ張られるようにもたもたと歩いた。

　十分ほどしたところで手を離す。
　一切会話がなかったことへのイラつきも込めて乱暴に払う。
「いい加減にしろっ」
「……え？」
　覇気のない声。
「なんなんだよっ。俺へのあてつけか？　意味わかんねーんだよ。そんなふにゃふにゃしやがって！　野菜が足りてねえのか？　今のてめえに足りないのは草か、このベジタリアン！　いい加減にいつもの調子に戻れってんだよ」
　はあはあと息を整えながら反応を待つ。
　拓は困ったように俺を見ていた。
「え？　なに、オレ変なの？」
　脱力する。
　そこからか。
　そこから説明しなきゃてめえはわかんないのか。
　それともなにか。
　全部俺の気のせいか。
　あー。
　イラつく。
　ツカツカと拓に歩み寄る。
　そして鞄を振り上げ思い切りスイングした。
　ドスッと快音とともに拓がよろめく。
　ヒットした横っ腹を抱えて。
「な……にすんだよっ、忍」
「おー。やっと元気出たか？」