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秒針と時針のように

第6章 秒針が止まるとき


「なあ。拓」
 渡りきった信号を眺めて忍が尋ねる。
 オレは買い物袋を揺らしながら振り向いた。
「なんだよ」
「もし……」
 車が轟音を立てながら過ぎていく。
 言いかけて首を振る。
「忍?」
「いや、やっぱいい」
 それは本当のことを告げているには余りに明るく。
 だからオレは忍の元に駆け寄ってその手をとって握りしめた。
「馬鹿。離せよ」
「なに言いかけたの」
 忍は表情を消してオレを睨んだ。
 卑怯だ。
 簡単に殻の奥に逃げる。
 引き下がるしかないじゃないか。
 忍の泣き顔を見て喜んだオレはもういなくなっていたから。
「帰ろうぜ」
「うん……そうだな」
 高校を卒業して社会人になった忍は張り合いをしなくなっていた。
 大人になった、とはなんか違う。
 あのときもそうだ。

 アパート契約時、忍と対面したのは入居の挨拶でインターフォンを鳴らした時だった。
「隣に越してきた古城です」
「わざわざどう……え?」
 開いた扉から顔を出したスーツ姿の忍はよく覚えている。
 わなわなと口を震わせて。
 卒業ぶりの感動なんて微塵にもなく。
「同じアパート!? ありえねえ、この悪質ストーカー」
「オレ契約したときはまだこっち空き部屋だったんだぞ。入居が早かっただけで先に決めたのはこっちだ!」
 粗品の東京バナナを奪い取って忍が言い返す。
「ふざけんなよ。なんでてめぇと隣人になんなきゃなんねえんだよっ。大体大学まで遠いだろうが」

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