もうLOVEっ! ハニー!
第14章 思惑シャッフル
たった数秒。
隆人が戻るまでの数秒。
そこで中学時代が駆け巡りました。
向かい合ったつばるとの間で走馬灯のように。
直接手を下さず、常に背後に見えていた主犯格。
何度も泣いたトイレの個室。
クラスメイトの下品な笑い声。
授業中の静かな暴力に耐え続けた日々。
死にたくなるような毎日。
これが脳内麻薬でしょうか。
つい数分前のように、つばるへの怒りが蘇る。
それから卒業後が光のように過ぎっていく。
この寮に来た歓迎会の夜。
チャイムの音に扉を開いたあの夜。
直接手を下せると笑った顔。
ベッドで目を閉じた屈辱の時間。
ドッヂボールの後の命令。
新たな関係を築いていけば、平気だと。
過去の自分を騙した毎日。
隆人が席に戻り、言葉を続けてハッとする。
「つばるは三階の部屋に移動してもらう」
移籍の文字を待っていた二人が同様に口を開ける。
「な、んで」
「過去を裁くための今日じゃない。僕は入寮してきた君たちの世話しかしない。もちろんこの後つばるが違う決断をしたいと希望を出すのは自由だよ。でも僕が関わるのは部屋の移動まで」
つばるが首を振って立ち上がる。
「いいです、月曜にも退寮届を出します。移籍がないなら、一般寮に移らせてもらいますよ」
「そうすると君の家族に許可がいる」
勢いでそのまま出ていきそうだったつばるが言葉を探して固まった。
兄弟ともに家族から逃げてきた早乙女家。
そこに渦巻く事情は他人には計り知れない。
目線を泳がせてつばるは顔を右手で押えた。
「それは……困ります」
私はなんだか水面に揺らぐ光を見てる気分だった。
村山薫という危機が過ぎ去り、目の前の最悪の過去を引き連れた男も去るかと思いきや、階は分かれて同じ空間に留まることになる。
それは、今まで通りなのでしょうか。
何を怖がることがあります、かんな。
平気なフリが出来たのだから。
新たな関係がさらに楽になるだけ。
目の前に吊るされた絶縁という機会が幻だっただけ。
だってそうですよ。
村山薫がいなくなるとあっては唯一の同期ですよ。
「今夜のうちに荷物を移動してくれるかな。署に行っている間に清掃済みだよ。さ、準備にいっておいで」
半ば強引に部屋から追いやられたつばるを見送る。
隆人は扉を閉めて、大きく深呼吸をした。
さあ、最後、私の番。