もうLOVEっ! ハニー!
第14章 思惑シャッフル
規則的なドラムが鳴り止み、数瞬の静寂の後に低音のベースが唸る。
誰からともなく観客が沸き立った。
開幕だ。
緑のレーザーが会場を舐めるように走り、スモークに包まれた舞台に四人の影が並ぶ。
そのうちの一人が拳を突き上げた。
ボーカルの瑠衣だ。
「ご褒美を堪能しろ、お前ら」
吐息混じりの声に黄色い悲鳴が耳をつんざく。
スポットライトに照らされた姿に心が踊った。
会場のコスプレたちをあっという間に一般人にしてしまう迫力。
真っ赤な袈裟に砂漠の王のようなオレンジのヴェールを羽織り、孔雀の羽根を目尻につけ、腕にはジャラジャラと五連の鎖。
「うっわ、たまんねえ」
その好き勝手な出で立ちに鳥肌が総立ちになる。
メジャーデビューしてまだ三年。
それでも二時間をかざるアルバムの曲達。
マリケンがそばに居るのも忘れて、無我夢中で腕を振る。
眩い光の中の憧れの人に。
届け。
届けと。
腕を振る。
ガンガン響く重圧も、隣の人との距離に感じる不快な熱も、疲れた足も関係ない。
この瞬間のために生きてる。
「最後までついてこいよ!」
意識の外で雄叫びを上げていた。
熱が冷めやらぬうちにアメリカンスタイルのカフェに入り、マリケンの頼んだ三段のハンバーガーをぼんやりと眺める。
「本当にコーラだけでいいの?」
「腹なんか空くかよ。三大欲求ぶち抜きで満たされてんだよ今……店員的にも三人前頼んでるから問題ないだろ」
年に数度の度入りカラコンに疲れて、手洗いでメガネに替えてきた。
視界が落ち着く。
「いやあ、インディーズ曲も目白押しだったね」
「それ。ほんとやばい。夢じゃないよな」
まだ現実に帰ってきていないような浮遊感を満喫しつつ、グッズの詰まった袋を見て頬を緩ませる。
「俺もう夏休みやりきったわ」
「早い早い。今度はこっちのチケット抽選も頼むよ」
頷きながらコーラを吸う。
あの天上人たちも普通に食事して普通に寝てるんだろうか。
想像がつかない。
「今から本気で作曲始めればさ、いつか使われるかもって思うと生き甲斐になるな」
「そうだよ! 始めようよ! 機材なら全部貸してあげるからさ。センス見せてよ」
冗談のつもりが本気で応援してくれる親友についついその気になってしまう。
バイトより、身のある活動かもしれない。
二人は満足気に帰路に着いた。