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もうLOVEっ! ハニー!

第16章 台風の目の中


 それが聞けてよかったとばかりに微笑む。
 でもまだ手は握られたまま。
「あ、の……離してください」
 夕暮れのオレンジの光が踊り場を濡らす。
 他に足音もなく、静かな空虚に光の粒子が舞う。
 早くここから去りたいのに。
「ガクとはもうヤったの?」
 信じらんない。
 耳まで熱くなって腕を振り解こうとする。
 虚しくバタついただけで、逃げれない。
 清龍の目は笑っていない。
 ギリ、と指が締め付けられる。
「答えろよ」
「き、もち悪い……関係ないでしょ」
「かんなは好きだもんな。エロいこと」
 時間が三年巻き戻り、あのベッドの記憶が恥知らずに襲い来る。
 力の差で強引に行われた暴行。
 痛みだけでなく、引きずり出された快感も。
 涙が勝手に溢れてきて、足が痙攣する。
「やめて……」
「そんな顔してたな」
 不躾に眺め回す眼から逃れたいのに、役たたずな体は一歩も後ろに下がることすら許さない。
「明日の十八時に部屋に来いよ。来なかったら、あの時撮った写真が彼氏に渡るかもな」
 最悪な言葉と共に腕が離される。
 トントン、と足音が遠ざかっていく。
 あれほど望んだ解放なのに、地獄のような約束に身体が動けずにいる。
 夕日が沈んでライトが点る。
 自分の呼吸だけが響いている。
 写真……?
 そんなもの、ないはず。
 嘘を言っているのだ。
 信じる必要なんてない。
 そうだ、先にガク先輩に相談しよう。
 清龍先輩が変なことを言っても気にしないでと。
 なんですかそれ。
 どうしたらそんなこと、言えるんですか。
 明日は夏期講習三日目。
 講習が終わるのは十七時半。
 もしも、約束を破れば……
 ギュッと服の裾を握る。
 なんで、何事もなく過ごさせてくれないんですか。
 貴方は透明人間のはずなのに。
 謝罪はどこに消えたのですか。
 同級生と付き合った私がそこまで憎いですか。
 ゆっくりと足を下げて、壁にもたれ掛かる。
 過呼吸気味に深呼吸する。
 明日素直に足を運ぶなんてバカのすること。
 でももし告げられてしまったら。
 あの美しい人を傷つけてしまう。
 でももし相談出来たら。
 守ってくれるでしょうか。
 信じてくれるでしょうか。
 わからない。
 緩慢に手すりに支えられながら降りていく。
 今朝の幸せは何処へやら。
 今すぐ倒れたいと自室に戻った。

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