テキストサイズ

もうLOVEっ! ハニー!

第5章 悪戯ごっこ

 ポーン。
 へえ。
 チャイムの音って部屋によって違うんですね。
 それともこの清龍さんが変えているんでしょうか。
「はい?」
 ドアノブが下がる。
 私は出てくる人影のスペースのために一歩避けた。
 黒いハットと、さっき見た服装。
 ゆっくり上がる顔が徐々に姿を現す。
「新入生の松園……」
 私は自己紹介を終えることができなかった。
 完全に把握した彼の顔を見て。
 それは相手側も同じだったらしい。
 なにか言いかけた口を開けたまま固まっている。
 奇妙な沈黙の時間が流れた。
 口火を切ったのは峰清龍の方だった。
「かんな、ちゃんだよね」
「う……そ」
 衝撃が強すぎて体のどこも脳の命令に従ってくれない。
 否、脳が指令を出すことさえ出来ていなかったのかもしれない。
 目にかかる程度の黒髪。
 その隙間から除くグレイの瞳は、あの日のまま。
 たった数時間だけ見つめたあの時間のまま。
「遥人じゃなかったんですね……名前」
「あ、ああ」
 峰清龍。
 それが、この人の名前。
 足が動いてくれないから向かい合うしかない。
 三年前、お姉ちゃんの彼氏だった人。
 そして同じく三年前の夏、まだ小学六年だった私を犯した人。
 姉が眠っている間に。
 私の部屋に来て。
 処女を奪っておきながら罵った男。
 あの時は家族の誰も味方してくれなかった。
 姉なんて逆に殴り掛かった。
 あんたのせいで別れることになったじゃないのって。
 バカじゃないですか。
 彼氏の管理一つできないバカ彼女が何を言ってるんでしょうか。
 そう心の中で罵倒しながらも無抵抗に殴られたんですよね。
 ああ、忘れたい過去がまた色を得て蘇って来る。
 どうして。
 つばるだけでも限界なのに。
 なんで、あなたまでここにいるんですか。
「し、失礼します」
 何が目的で来たのかも頭から消え去っていた。
 急いで逃げようとした肩を掴まれる。
 その感触が認識された途端、止める間もなく私の口から悲鳴が吐き出された。
 それは自分でも耳を塞ぎたくなるような甲高い悲痛な声。
 とっさの判断だったのでしょう。
 清龍は私の口を塞いで部屋に入れ、すぐにドアを閉めた。
 誰かが聞きつけてないか心配するように息を潜めて。
「来ないよな……誰も。びびった」
 ばっと彼の腕から逃げる。
「触らないでください」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ