どこまでも玩具
第9章 質された前科
「いらっしゃい」
「瑞希の家だろ」
にこやかに迎える類沢を睨む。
ワイシャツ姿なのに、穏やかな雰囲気を携えて。
何があったんだろうか。
昨日までの類沢とは違う。
なんか、幸せそうだ。
あんなにピリピリしてたのに。
女子に退出を促すくらい。
オレは二メートルは離れるよう維持しつつ、玄関を上がる。
ぞわぞわと足に鳥肌が立つが、素知らぬ顔をする。
するしかない。
もう、あれは過去なんだから。
「瑞希は?」
「二階で休んでるよ」
ソファに腰掛け、類沢が此方を振り向いた。
「あぁ……心配しなくても、手は出してないから」
「訊いてねぇよ」
気にしてたけど。
くく、と笑って足を組む。
今晩は居座る気だな。
だったら三人で夜を明けることになりそうだ。
「泊まる気?」
「そうに決まってんだろ」
「へぇ」
親には連絡した。
母さんはまた知らない男の所に泊まりに行ってるし、問題はない。
少し曇った顔を見られてしまう。
「……家族は、好きじゃないみたいだね」
「別に」
好きとはいえない。
嫌いでもない。
そんな感情、持ったこともない。
「類沢せんせは親大事にすんの?」
「さぁね」
びくりと背筋が反応する。
あぁ。
訊いてはいけなかったのか。
無表情を見て、オレは悟った。
家庭なんて、他人が計り知れないくらい複雑なのが普通だ。
オレの家だって。
瑞希の家だって。
アカの家だって。
「……どんな気持ちだろうね」
「あ?」
考えから我に返る。
「実の父親に狙われるのってさ」
瑞希から聞いたんだ。
知らない奴に知ったように云われるのは腹が立つもの。
だが、何故か類沢の言葉は素直に心に落ちてきた。
「……抵抗しづらいんじゃねぇの」
「へぇ?」
意外そうに類沢が窺う。
「家族相手なんて、そうだろ」
「そうなの?」
「まぁ、大体は」
なんだ。
家族というワードの度に、類沢の眼の色が変わる。
事情に触れる気はさらさらないが。
「金原圭吾、だっけ?」
「……忘れんなよ」
少し苛立つ。
よく忘れられるな。
「確認したいことがいくつかあるんだけど」
「なんでしょーか」
類沢はタバコを取り出し、くわえずに指で回す。
「紅乃木の父に、会ったことは?」
「ないよ、多分」
「多分?」
オレは口を濁す。