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どこまでも玩具

第11章 立たされた境地



―先生って、養護教諭って感じしませんよね―
 副本を捲るたびに、過去が追いかけるように浮かんでくる。
 髪を掻き上げ、字を指でなぞる。
 西雅樹の字だ。

―保健室で浮いてますよ―
 じゃあ、何に見える?
―間違いなく、裏の方ですね―
 極道?
―いえ、殺し屋です―
 面白いこと言うね。

 角張った濃い字。
 ハネが極端に長い。
 筆圧が強い証拠だ。

―また怪我しました! 勝ちましたけど!―
 怪我するうちは勝ったって言わないよ。
―先生は強いんですか―
 試してみる?
―はい、是非―
 あはははっ。冗談だったのに。

 軽く煙草を吸う。
 煙が肺の底に降りてくる。
 これが付着して、癌を引き起こす。
 教育科に入って始めに言われたことは、生徒の前で吸うな、だ。
 僕はこう捉えた。
 教壇にいる間は吸うな。
 煙草を潰して、台所に立つ。
 ワインをグラスに注いだ時、携帯が鳴った。
 液体を流しに捨て、電話を取る。
 室温に戻ったロゼは、飲むに値しない。
 着信。
 宮内瑞希。
 一瞬取るか躊躇った。
「……はい?」
「類沢先生! 今、家ですか」
「拘留されてるとでも思った?」
「あ、い変わらずですね……」
 ああ、落ち着くな。
「先生」
 ナニ?
 言いたいことが沢山ありすぎるんだろう。
 暫くの間。
 月明かりが揺らぐ。
「今から、そちらに行ってもいいですか」
 最良の質問だ。
 答えると同時に電話が切れた。
 時計を見る。
 午後六時。
 放課後から随分経っているが。
 以前、八時に玄関に待っていた瑞希を思い出す。
 悩むと決行しなければ済まないんだろう。
 グラスを振り返る。
 今日はやめにしよう。
 なにかあったとき、動けるように。


 授業に戻ると、アカはいなかった。
 帰ったんだろうか。
 ふと、どの家に帰ったんだろうと思った。
 彼には今三つの家がある。
 考えるまでもない。
 あのアパートだろう。
 金原は普通に振る舞ってくれた。
 だが、俺と同じようにずっと物思いに耽っていた。
 待ち遠しい放課後がやって来る。
 冬休みの過ごし方を重々承知し、帰り支度をする。
 次に会うのは年明けだ。

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