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あの店に彼がいるそうです

第12章 どんな手でも使いますよ


 小会議室に通された三人が立ったまま汐野と向かい合う。
 何も乗ってない丸テーブルと、それを囲う椅子。
 無機質な白い壁に、ホワイトボード。
 一面ガラスの壁からは、東京の夜景が見下ろせた。
「さてと。秋倉はんのとこはあっちのやり方でやっとったけど、うちはうちでやらしてもらうで。二時間後の夜十時に、この部屋から出て右に曲がった突き当たりの部屋に行きいや。俺は相席出来んから、三人で行けばええんちゃう」
「鵜亥はこの来訪を知ってるのか」
「あったりまえやんか。ま、篠田はんだけしか名前は上がっとらんかったけどな。じゃ、二時間後に鍵はアンロックにしとくで」
 そう早口で言って汐野は出て行った。
 扉が閉まると同時に、重厚な施錠音が響いた。
 戒が一瞬汐野を引き留めかけたが、深く息を吐いて椅子の一つに腰かけた。
「おい、これでいいのか」
 問いかけた篠田は窓から外を見下ろしながら肩を震わせていた。
「おい」
「っく、くくく。あー、いいんだ。聞いただろ、あいつの言葉」
 余裕と確信の滲んだ声に、戒も巧も顔を上げる。
「俺しか来ないと思ってる。それが重要だ。あの汐野とかが報告することも多分ないだろう。あいつは上司の危機を面白がってるからな。これで交渉の勝機が見えてきた」
 そう言って篠田も椅子の一つに手を掛け、腰を下ろす。
 腕時計を一瞥すると、巧を見て一言。
「時間は余りある。鵜亥の元を離れてからの生活でも聞かせてくれ」
 きょとんとした二人に微笑む。
「もう長いことホストの話しか知らないんだ。なんでもいい」
「こんな時にそんな……」
「こんな時だから、生の話が聞けるんだ」
 戒と巧は顔を見合わせて、それから大きく溜息を吐いた。
「っふ」
「っくく……笑うなや」
「お前も笑ってるやろ」
「だっておかしいわこんなん。あの鵜亥のビルに来て初対面のホストのおっさんと過去話やで」
「まだ三十五だ」
「おっさんやんか」
「おい、巧。あんまり笑わすな」
 妙に和やかな空気が更に頬を緩ませる。
 このメンツが、この状況が、この場所が、何もかもが奇妙だった。
 だがそれで巧の顔から恐怖が消えたことを、内心戒はほっとしていた。
 連れてくること自体考えられなかったが、もしかしたらトラウマの克服になるかもしれない。
 過去に捕らわれなくて済むようになるかもしれない。
 そんな期待もあった。

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