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あの店に彼がいるそうです

第12章 どんな手でも使いますよ


 玄関に向かった秋倉の背中が止まったので、類沢も足を止める。
 その視線の向こうに、人影が写った。
「お前ここで何をしているんだ」
 知り合い?
 暗闇に目を凝らすと、あまりに此処にはそぐわない顔がそこにあった。
 どうして、彼が……
「お帰りなさい、秋倉さん。随分遅かったですね」
「仕事はどうした」
「ノルマ分はとっくに終わらせてきましたよ。六時には上がりました」
「金原……圭吾?」
 瑞希と行った馴染みのイタリアンレストランの給仕の青年。
 新宿を管轄する彼の父でありフィクサーのケイとは篠田が古くから付き合いがある。
 その関係もあってその店は歌舞伎町の動向を知る上でも重宝していた。
「なんで、秋倉と?」
「ああ、御久し振りです。類沢さん。今夜は貴方に用があって此処に来たんですよ」
「お前ら知り合いなのか」
「貴方こそ。この青年が誰かわかっているんですか」
 そこでクスッと圭吾が笑う。
「オレは、この秋倉さんの男娼宿の売れっ子なんですよ」
「え?」
 類沢は初めて自分の意識の外で声が上がるのを聞いた気がした。
 間抜けな反応だが、余りに意外過ぎて言葉が出てこなかったのだ。
「二代目類沢さん、とでも言いますか」
「己惚れるな、圭吾。ところで、類沢とはどこで」
「父の店です」
「お前孤児だろ」
「いえ。オレの父はミシュラン一つ星のイタリアンレストランやってるんです。でもそれも副業ですけどね。土日だけ店に入って、平日は宿に勤めてるんですよ」
「ちょっと待て……」
 混乱しているのは秋倉の方もらしい。
 その様子を横目で見ながら疑問を解決させる。
「父親は知ってるの」
「そんなこと、言う必要ないと思いますけど。今日はここに類沢さんに会いたがっている人を二人連れてきたんですよ」
 そう言って秋倉邸を親指で指し示す。
「何の話だ」
「貴方この男が何者かも知らずに雇ったんですか? 呆れる……」
「俺のデータだと家出少年の一人だ。千葉県だったか」
「くく……千葉ねえ」
 生まれも育ちも新宿って聞いてるけど。
「二人って言ったよね」
「誰とか野暮な質問よしてくださいよ。オレの役目はここまでなんで。あとは中に入って確かめてください」
 男娼に給仕に裏仕事の掛け持ち?
 すごいね。
 類沢は眼を細めて圭吾を見つめる。
「中だと?」
 自身の家の話を勝手にされて、顔をしかめる秋倉。

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