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雨とピアノとノクターン

第5章 ピアノ編:覇者の美学

「…あのピアノは調律しなきゃならないくらいの時期にきているし…。
第二ホールのスタインウェイなら、暁学園の台場君からも、文句は出ないよ…たぶん」
 それからというもの、佐屋は音楽室のピアノスタジオに篭りきりになることが多くなった。
 鳴海はわずかに防音のドアから見える、丸いガラス窓の向こう側の佐屋を覗いていた。
 佐屋が鍵盤を自在に操りストロークする様は、全くピアノが弾けない素人の鳴海から見ても、超人的な技巧だと感じることが出来た。
 しかも、その集中力はすさまじいものがある。窓から覗いている自分には、佐屋はまるで気付いていない。
 こんなに近くにいるというのに…。
 鳴海は少し、ピアノに嫉妬したくなる。

 まるで何かにとり憑かれているかのように、佐屋の表情は鬼気迫るものがあって…。
「…やっぱり…あのピアノ勝負、断ってやる…」
 鳴海にとって自分を賭けてのピアノ勝負なんて、迷惑にもほどがあった。しかも、台場なんてヤツには会った覚えがない。会った覚えもないやつに自分が戦利品として受け渡しされるだなんて、馬鹿にするにも大概にしておいて貰いたいものだ。

 くっそーっ!ぜってー乗り込んで行って、文句言ってやる!!

 鳴海はピアノスタジオのドアを蹴飛ばし、その場を走り去っていった。

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