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担当とハプバーで

第7章 皮肉のパーティ


 扉が開いたのは九時を五分ほど回ってから。
「ただいま」
 低い、低い声が玄関から届いた。
 机に突っ伏していた頭を持ち上げて、上体を起こす。
 祥里は苦笑しながらジャケットを脱いだ。
「酔わなきゃやってられないってか」
「……おかえり」
 皮肉の滲んだその言葉にムッとしつつも、夕飯の準備をすべきか思考を巡らせる。
「夕飯は」
「食べてきた」
「シャワー入る?」
「おう」
 靴下を外しながら、洗面所に向かう背中。
 くたびれたシルエット。
 疲れてる。
 引き戸の音がしてから、遅れてシャワーの音。
 せめて冷たい飲み物を、とグラスを用意する。
 トプトプと麦茶を注ぎ、その水面を眺めた。
 ゆらゆらと縁にあたっては反対の縁へ。
 夜明けのジャックの初日に飲んだ、ノンアルシャンパンの映像が重なった。
 今日飲んだチューハイとは比にならないくらい美味しかった。
 気分の高揚もあったし、あの空間の演出のおかげ。
 目の奥が熱くなる前に残像を追い出した。

「暑いな、今日」
 タオルで雑に頭を拭きながら祥里が出てくる。
「冷房いるかな」
「別にいいけど。何時に帰ってきた?」
「今日? えっと、七時とかかなあ」
 視界が暗くなったと思うと、目の前に祥里が立っていた。
 照明が影になって、表情も暗く見える。
 首がひきつりそうだけど、見上げたまま動けない。
「そう。仕事中なに考えてた?」
 声を発しようとしても、喉がひりつく。
 祥里は目線を合わせるようにしゃがんだ。
 にこりと笑顔を貼り付けて。
「俺はね、ずっと今のことを考えてた」
 まばたきもせず。
「それからこの数年のこと」
 上を向いた口角が、ゆっくりと下がる。
「毎日寂しい思いはさせたと思う。結婚の話を出してから、いつ籍入れるんだって期間を空けたのも悪い。俺の両親も催促のメール入れてくるくらいだから、凛音のとこは相当心配かけただろうな」
 やっと、まぶたが上下した。
 気づけばこちらもまばたきを忘れていたみたい。
「正直仕事と人間関係が面倒で、凛音のことを後回しにし続けていた。でもまさか、まさか、浮気されるなんて思わなくて。バカみたいに、なんとなくそれだけはない気がしてた」
「……わ、私は、祥里が、してると思ってた」
「たぶんそう思われる証拠でもあったんだろうな」
 捨てられたシャツを思い出すように、間が空いた。

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