担当とハプバーで
第8章 最後の約束
心臓が高鳴る。
カフェの背景がすうっと遠ざかっていく。
イヤホンを耳に差し込んで、浅く息を吐いた。
最新のショート動画を再生する。
「トップスリーに恋愛失敗談聞いてみた!」
酔って真っ赤な顔をした明るいナオキがタイトルコール。
それからタツが映る。
「恋の失敗教えて!」
ナオキのひょうきんな声の後に、たっぷりと間を空けてから薄く微笑むと、そっと唇に指を当ててから囁くように。
「長くなるから本編においで」
ひょこっとタツの後ろのソファからハヤテとナオキが顔を出して、手招いた。
マスコットみたいな動きに笑いがこぼれそうになる。
またタイトルコールに戻る。
たった十五秒の動画。
ああ、変わらないな。
この三人は今も同じ地位にいる。
一時停止を押してからコメント欄を開いた。
トップに固定された本編動画のリンク。
まだ、ハヤテの声を聞いていない。
でも、このリンクに飛んだら、聞いてしまう。
あの意地悪な声を。
あの勝気な響きを。
時間を稼ぐようにコメント欄をスライドする。
ーまじで神回ー
ーこういう企画待ってたー
ーナオキに沼るー
ーハヤテ意外だったー
ータツぶれないなー
ー早く会いたいー
会いたい。
会いたい視聴者が沢山いる。
あの店に行けば会える人たち。
かすかに首を振る。
良くない。
このファンの空気に呑まれたら良くない。
顔を上げると、喧騒が一気に鼓膜に戻ってくる。
ここはベッドの上じゃない。
公共の場所。
今、ここで、見るものじゃない。
震える指でイヤホンを外して、カバンにしまった。
「あれ、全然飲んでないじゃん。甘すぎた?」
映画化したサスペンス小説を手に祥里が目の前に立つ。
レシピ本に視線は這わせたものの、脳内に入ってこない数分間だった。
「あ、ううん。なんか飲むの忘れてた」
「なんかいい料理あった?」
「うーん。まあ彩りとか参考にする感じ」
「もう十分プロだもんな」
「よく言うよ」
笑いながら隣に祥里が座る。
さっきまで見ていた動画のことなんてとても言えない。
この先も祥里が知ることのない人たち。
興味を向けることがない人たち。
言う必要なんて、どこにもない。