担当とハプバーで
第8章 最後の約束
予算も想像以上だった。
共通口座にさらにそれぞれ百万ずつへそくりを集めて、そこから出すことに決めた。
ちらりと聞いた感じだと祥里は貯金五百は超えている様子。
給与が下がり出してから投資にも力を入れていたらしい。
「凛音が妊娠して仕事休んでも、数年は支えられるようにしとかないとな」
子どもを考えているのも意外だった。
ちょっと前までは別れるかもしれないという相手から、どんどん未来の話が出てくる。
「そしたら祥里は付き合い飲み断れるようになるかな」
「当たり前。なんなら部署異動申請しようかなって」
あの日から、遅くとも二十三時までには帰ってくるようになった。
凛音自身も定時に寄り道せず、レシピブログを読みながらいろんな料理を試すようになった。
祥里がお代わりしたもの、美味しいと言ったものをどんどんブックマークして、段々と買い物のルーティンも安定してきた。
これがこの先何十年の暮らしの支えになる。
式場を出てから、近くのブックカフェでホットチョコレートを頼むと、席を確保してくれた祥里を置いて、新刊コーナーに向かった。
著名人の啓発本が並ぶ中で、カリスマホストの自叙伝にピタリと視線が止まった。
脳裏に三文字の名前が浮かぶ。
ああ、昨日のように思い出す。
手に取ったのはその隣のママタレのレシピ本。
足音がやけに鼓膜に響くのを感じながら、席に戻った。
「何か動画見てたの?」
祥里がイヤホンを付けていたので、そっと画面を覗く。
「ああ、いろいろ流し見てただけ」
スッとスライドした指が、見慣れた背景の動画に重なる。
ああ、どうして。
本を抱えたまま、ゆっくりと祥里の隣に座る。
夜明けのジャックだ。
この一ヶ月間違っても見ないように動画アプリを削除して、目に入らないように努めてきた。
祥里が交代で本を探しに行ったので、急いで自分の端末にアプリをダウンロードする。
インストール時間がもどかしい。
見たらいけない。
見るものじゃない。
思い出しても苦しむだけ。
何も得なんてしない。
今ならキャンセルを押すだけ。
イヤホンをつけるな。
ボタンから指を離せ。
ほら、早く。
全ての脳内の警告を無視して、アプリの開くボタンを押すと、素早くログインした。
すぐにホーム画面に最新動画が現れる。
さっき祥里が見ていた動画。