担当とハプバーで
第8章 最後の約束
ハヤテがサングラスを掛け直して、瞬きを何度かする。
「で、まあ恋人っていう立ち位置にはなれなかったんすけど、その人と過ごした短い時間はすげえ糧になってて。本当に映画みたいに綺麗に残ってて。でも俺が返せたことって、あんまなくて……」
「わかる。男のプライド? ホストのプライド? 邪魔すんだよなあ」
言葉に詰まったハヤテをフォローするように、ナオキが口を挟んだ。
「ああ、ナオキさんマジ先輩。このチャンネルって数十時間以上ストックあるでしょ。それ全部見てきた人に、そのイメージといかに離れずにいるのか意識しすぎて、ただでさえ店と動画で演じ分けてんのに」
シャワーの音が止まって、引き戸が開く音がする。
それでも微動だにできなかった。
ドライヤーの音がかろうじて聞こえた。
ハヤテはもどかしそうに両手を組んだり離したりしながら、言葉を続けた。
「まあ結局格好つけたがりなんですよ、だから無様に引き止めたり絶対できない。未だに後悔している失敗です」
「ハヤテの見かけで上目遣いして、行くな……とか言ったら誰でも落ちそうなのにねえ」
「それニイノさん得意なやつ」
過去のニイノの王子のようなセリフ動画が差し込まれて、吹き出しそうになる。
オレンジのスーツがまた強烈な絵面だ。
引きの画面に戻り、ハヤテがパンっと手を叩く。
「はい、トップバッター終わり。すみませんね、期待していた笑える夜の失敗談とかじゃなくって」
「いや、ハヤテのこの手の話はバリ希少だから。オレとか浅すぎて話す気起きないんだけど」
「でもあるあるだよねえ。僕らは俳優じゃないけど、ある程度夢を作る立場でしょ。思ってたのと違うってのが一番ショックだもんねえ」
タツがウンウンと首を縦に振り、それから名案のように明るい声で言った。
「その彼女さん絶対この動画見てるじゃん。なんか言い残したこと伝えたらー?」
「タツナイス」
ナオキの煽りにハヤテが固まる。
まじか、という空気に緊張が胸元を撫でる。
自意識過剰だよ、凛音。
わかってるよ。
これが自分に向けたものなんて。
思い上がりを。
バカな思い上がりを。
いつの話かも出ていないのに。
ただあの日をよく思い出す一日だったから。
「わかりましたよ。まあ、もう連絡もつかないその人に向けて、一言だけ」
一体何を言うのかと、鳥肌立つ。