担当とハプバーで
第8章 最後の約束
ハヤテの顔がまっすぐにこちらを向く。
一体。
始めた会った日の挨拶の時のように。
何を。
ハプニングバーで見つかった時のように。
最後に。
ホテルでカウントダウンをされた時のように。
何を言うの。
別れ際の笑顔が、ざらざらと心臓を擦る。
ドライヤーの音が止まった。
世界がその瞬間のために無音になった気がした。
ハヤテの唇が開く。
「リクエストは守ったから、俺が引退してもファンだって言葉は嘘にすんなよ」
ブワッと血流が全身に走るのを感じた。
うるさいぐらいの鼓動の音が戻ってくる。
ナオキとタツのコメントを遮るように画面を消した。
イヤホンを引き抜き、ベッド脇のサイドテーブルに全てを置いて、寝転がる。
ー私、ずっとファンだと思うよー
確かに自分が放った言葉。
あの瞬間のハヤテの期待をしていない笑いが蘇る。
ー引退しても、見返すよー
覚えていないと思ったのに。
どうして。
過呼吸になりそうで、布団に顔を押し付ける。
熱くて息が苦しい。
ジワリと溢れた涙がシーツを濡らす。
やばい。
やばいやばい。
祥里が来る前におさまれ。
「凛音、風呂空いたけどー」
リビングから聞こえる声に、なんとか震えないように顎を掴んで返事をする。
「わかった。もう少ししたら入る」
テレビの音がしたから、しばらく祥里は来ないだろう。
グググっと額を締め付けられているように痛い。
なんて挑発的な顔。
なんて余裕な声。
なんて、なんて、ハヤテらしい。
「はは……ずっるいなあ」
ポタポタと止まらない。
記憶の一番奥深くまで証を付けに来た。
三回目の約束が果たされず、それでもブロックすることはできなかった連絡先。
なんのメッセージもスタンプも続かずに。
だから、きっと、向こうも、さっさと忘れたのだと。
たかがファンの自分が短い間に見せてもらった夢だと。
年下の野心溢れるホストに遊ばれたのだと。
そう思い込むことで見ないようにしてきた大きな傷口を、さらに深く深く切り広げられた。
ずるい。
ずるいよ、そんなの。
一ヶ月我慢してきたのに。
ファン冥利に尽きるよ。
ああ、そうか。
一つだけ救いがあった。
ハヤテは最後まで、ファンとして扱ってくれた。
失敗した恋愛対象としてじゃない。
残酷で、温かい、最後の言葉。