担当とハプバーで
第3章 踏み入れた入口
金曜日。
いつもよりカバー重視の化粧をしてきた。
終業後に有岡が、行こうかと声をかける。
「サシ飲み?」
「え、覚えてない系? 葉野さん案外薄情だなあ。まー、じゃあサプライズデートってことでいいか。着いてきて」
ビルから出て、駅前とは逆に歩き出す。
日暮れの橙色の空の下、コツコツと。
有岡の背中を追う。
ふと、ハヤテの背中を思い出した。
ガッシリとして、確かな筋肉が浮いてて。
でも太すぎなくて、シルエットが綺麗。
何色のスーツでも着こなせそうな頭身。
赤信号で立ち止まった有岡の背中にぶつかりそうになる。
「今日ね、冗談抜きで葉野さん惚れさせようって思ってんの」
振り向いた有岡がニヤリと。
その悪戯な笑顔にもハヤテが重なる。
嫌だな。
似てないはずなのに。
同僚じゃなくて、プライベートの顔はどうして通じるものがあるんだろ。
雑踏が全部脇役になって、主役の有岡だけがピントを独占してる。
「なによそれ」
「何回ライブ誘っても来てくれないもん。無理やりにでもチャンス掴まなきゃ」
「ねえ、私は婚約前提の彼氏がいるのよ」
信号が青に変わり、同時に歩き出す。
「はは、オレが何人彼氏持ちのファン食ってきたと思ってんの」
「じゃあ尚更、今夜の誘いはキャンセルにする」
渡りきってから引き返そうとしても、有岡が腕を掴んだ。
「どうせ彼氏帰宅遅いんでしょ。夕飯付き合ってよ。もう予約しちゃったんだから」
「そんなこと」
「それで教えてよ。最近何が葉野さんをそんな美人にしてんのか」
「えっ」
周りの音が遠ざかる。
有岡の指輪が腕にくい込んでる。
今、何を言ったの。
「浮気なんて器用なことできる人じゃないっしょ。気になるなあ、誰にハマってんの。酒でも入れて話そうよ」
手が離れたあとも、じんじんと。
なによ。
なんで今夜はそんなに色気出してくんの。
そこは個人がやってそうなこじんまりした居酒屋だった。
と言っても雰囲気は新しく、黒を基調にした店内は男女の客で賑わってる。
半個室のテーブル席に通されて、向かいに有岡が座る。
やっぱサシ飲みじゃないの。
さくっとビールと三品ほどつまみを注文した有岡が、待ちきれないように身を乗り出す。
「やっぱアプリ? 知り合い? どういう男と盛り上がってんの」
「ド失礼なの、あんた」