担当とハプバーで
第4章 明るく怪しい誘い
退く気の無い有岡にげんなりして、ホットドッグは終業後でいいやと紙に包んでから立ち上がろうとする。
肘をグイッと掴まれて、情けなく尻餅をつくようにまた元の場所に戻された。
顔から火柱が上がりそう。
「なんてことすんのっ」
「あ、ごめん。貴重な尻が」
「ほんとやめて」
軽口に付き合う穏やかな心は持ち合わせてない。
なんで人がパートナーの浮気にやきもきしている時に、こんなどうしようもない男を近づけてくるのよ、神様。
力づくで振りほどこうとすると、有岡は気にも留めないキョトンとした顔で見上げてくる。
「昼休みに読むほど不満があんの?」
「デリカシーっていうか常識学び直して来なさいよ。私は、今、あなたと、話したくないの」
「じゃあ週末ライブ来てよ」
「文脈めちゃくちゃなんだけど」
「オレの演奏マジでいいから」
もうどうにかして離れたいので、つい勢いで頷いた。
「わかったよ、行くから。さっきの忘れて」
「マジで? やった、葉野さん来んの。え、嬉しすぎ。金曜の二十時ね。迷ったら電話して。チケットまだ持ってる? 無くしてたら予備あるから渡すけど」
「持ってる。持ってるよ。持ってるから落ち着いて」
マシンガンのような語りに圧倒されてしまう。
面白半分でからかってたんじゃないの。
そんな真剣に喜ばれると反応に困る。
金曜夜か。
どうせ祥里は帰ってこないし。
ハプニングバーへの気持ちを高めるよりは、確かにメンタルにいいかもしれないし。
有岡が手を離して、謝るようにそこを摩る。
握られていた時よりもその掌の大きさに、ついブログの内容が蘇ってくる。
こんな長い指が、よく動くのが自慢って。
よぎった邪念に我ながら発狂しそうになる。
「痛くないから、大丈夫! じゃあね」
「言質とったからね、楽しみにしてる」
なんとか振り切ってから、お手洗いの方に闊歩する。
個室に飛び込んで鍵をかけてから、長く長く息を吐いた。
「あーもー、ばか」
なんでスマホ拾われるかね。
あんなタイミングで。
なんで現れるかね。
サシ飲みしてから距離がぐっと近づいた有岡に、頭を悩ませるだけじゃない本心も苛立つ。
顔が良くてスタイルも良くて、音楽業界特有の魅力的な自信あふれる空気感にほだされているのか。
あんなのタイプじゃないはずなのに。
金曜夜、か。