担当とハプバーで
第4章 明るく怪しい誘い
とりあえず祥里に報告した。
「帰り遅くなんの?」
「そう。金曜日」
歯を磨きながら振り向いた祥里が首を傾げる。
「こんな微妙な時期に飲み会?」
万年行ってるやつに言われたくない。
乱れたシャツに眉を寄せる。
なんで私がそれも洗わないといけないんだろう。
「上司の一人が辞めるの。寿退社で。だから送迎会的な感じで多分終電コースかな」
「へえ。コルセンでも律儀なのな」
こういうところに、少しだけ見下す視線を感じてしまうのはいつからだろう。
広告代理店の自分は職場の人付き合いを何より大事にして、コルセン勤務の私はイベントごとに内容をチェックされる。
うがいを始めた音を聞きたくなくて扉を閉め、寝室のベッドに横たわる。
あー、嘘ってつかれる。
ほっぺが特に。
だって言えない。
日々からかってくる同僚のバンドマンのライブに新宿に行くからなんて。
何考えてんだよ、って。
ふふ、と笑いが漏れる。
こんな嘘なんて何年ぶりだろう。
付き合い始めから祥里以外の男性は絶ってきたはずだけど、サシでランチくらいは行ったかな。
その時ぶりだとしたら三年ぶり。
前回の飲みから日も浅いから、もっと追求されるかと思った。
うつ伏せでゆっくりパタパタと足を振る。
一日の疲労をつま先から飛ばすように。
ライブハウスも何年ぶり。
祥里はフェス派だから。
あの籠った空気とスモーク感、ストロボライトの目を焼いてくる演出、スピーカーの前で全身に響くサウンド、薄くて安いドリンク。
あ、楽しみかも。
急に胸が高鳴った。
有岡を見に行くんじゃない。
久しぶりの自由な金曜の夜を過ごすんだ。
それでも頭の中には新宿の二文字が揺れる。
ドタキャンしてハヤテに会いにも行ける。
行けてしまう。
でも行かない。
有岡からのチケットを握りしめて小さな箱に向かうんだ。
「凛音、あんま羽目外して潰れんなよ」
「どの口が言うのよ」
「なんだよ……こっちも仕事だっつの」
ブツブツと不満そうに呟きながら隣にばふんとつっ伏す。
すぐに抱きしめにいってた頃がもう懐かしい。
くたびれた顔の祥里も好きだった。
今夜もほんのりお酒の香り。
「まあ、たまにはいんじゃね」
「そう、たまにはね」
数分もしないうちに寝息が聞こえてくる。
寝る前のキスなんて、年に何回。