担当とハプバーで
第4章 明るく怪しい誘い
出社してイヤホンを耳につけながら、いやに冷静な自分の心に口元が緩んだ。
なあに、今朝のやり取りは。
随分穏やかな時間。
きっと帰っても米が炊かれていることはない。
最初の客の長い話を聞きながら、今日はどんなクレーム相手でも心が乱れない気がした。
だって朝の化粧は深夜まで持つように丁寧に。
手直し用のポーチも準備済み。
昼はあっさりのサンドイッチで抑えて、口臭が残らぬようにミントタブレットを噛み砕く。
これから十時間もしないうちに、私は新宿にいて、有岡のライブを楽しんで、それから、バーに向かうのだ。
飲み会という一つの嘘に、もう一つ重ねる。
髪の毛一本でかき回された心は、長いレスへの怒りに変わり、諦観からの性衝動に生まれ変わる。
有岡の誘いに乗るなんてまっぴら。
他人とのワンナイトでこの衝動が治まるなら、車内で官能ブログを読みふけることもない。
「早退するの?」
「ライブ準備あるから。ちゃんと来てよ、葉野サン」
「約束は破らないよ」
ニコニコの笑顔で十五時にタイムカードを押して去っていく背中に手を振った。
ステージに立つ有岡は夢で見るより格好いいんだろうな。
あっという間に退勤時刻になり、携帯を確認する。
祥里から帰りはもしかしたら朝になるかも、ですって。
白々しい。
別にいいよ、と返信する。
ウキウキで家を出てったものね。
私も飲み会なら免罪符ってわけ。
それなら同じことをしてやろうじゃない。
キスマークの一つでもつけられたら困るけど。
明るい場所で祥里に裸を見られることなんてもうない。
大丈夫。
ライブハウス近くのカフェに立ち寄り、紅茶を頼んでやけにふわふわのソファ席に沈む。
ああ、疲れが癒される。
仕事終わりに電車移動ってだけでも体力は削られる。
ライブは壁際にもたれよう。
きっと若いファンたちがステージ前を埋め尽くすでしょ。
ライブか。
本当に久しぶり。
物販も結構品物出してるみたい。
曲が良かったらライブ終わりにCDでも買っちゃいそう。
一時間半の予定だから、二十一時半に建物を出て、サイトで調べたハプニングバーまでは徒歩十分。
終電で帰るには滞在時間は二時間以内。
会計を済ませて夜の街に戻る。
金曜夜は街ごと空気が浮き足立ってる。