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第2章 誘う


 閉店後、厨房の掃除が片付くのが十時半。
 ラストオーダーが九時で閉店が九時半なので、一時間で今日の計算と明日の準備を確認しなければならない。
 口頭でそれぞれが担当に伝え合い、そこから明日の出勤時間を各自で調節する。
 決まった時間で働くなんてバイト時代くらいだ。
 好き好んで店に籠るのだから。
「八条さーん、今夜付き合ってよ。一時間で解放するから」
「言いましたね」
 着替えていると、またも肩に顎を乗せてきた九出の誘いに苦笑する。
 なかなか強引に誘ってくるが、彼女との飲みは嫌いじゃない。
 落ち着いて深い話を軽くする。
 旨い酒を旨いままに飲ませてくれる相手だ。
 五木ほどではないが、美映のことでも女性の立場からと沢山アドバイスをしてくれた。
 結婚時代は不倫に見えたら困ると、シェフか五木か三池を巻き込んでしか飲まなかったが、ここ二週間は二人で行くことになった。
「どこ行きます?」
「ハイボールが美味しければどこでも」
「俺、串が良いです」
「あたしそれなら揚げかな」
「決まりですね」
 大抵の同業者が通う串カツ屋を思い浮かべる。
 荷物を引っ提げ、二人は店を後にした。

 明るい飲み屋街の照明に早くも当てられているのような気分を味わいながら目当ての店の暖簾をくぐる。
 履き物を木の札が鍵のロッカーにしまい、店員の案内で座敷に落ち着く。
 九出は薄手の深紅のコートを脱ぎ、無造作に八条に差し出す。
 すぐにハンガーに掛けてやる。
「八条さんは?」
「俺のは自分で掛けますよ」
 ファーストドリンクにハイボールとコークハイボールを頼み、串を選ぶ。
「茄子チーズ、ウインナー、豚バラ、餅……いっちゃおうかな」
「明太ささみ、もも、バナナですかね」
「あんた本当に女子かって好みよね」
「あとぉ餅……いっちゃおうかな」
「やめなさいよ。裏声」
 クスクスと笑っている間に店員が来て、注文を済ませる。
 乾杯がまだだったのに気づき、互いにジョッキを掲げる。
「八条さんの新たな幸せを祈って」
「九出さんの第一の幸せを祈って」
「この野郎」
「あっ、ぶ、溢れます。そんな強く当てたら……前に話してた姉妹店のシェフとはどうなったんですか?」
「え? とっくに。今は近所のバーテンダーさんと良い感じって感じ?」
 あっけらかんと話す彼女に脱力しつつ、炭酸で胃を満たす。
 ここのは旨い。

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