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第2章 誘う


 ランチが過ぎ、賄いを食べ終えて裏口で五木と鉢合わせる。
「あれ? 五木さん早いすね」
「今日支店からヘルプ来てたろ? 繁忙期過ぎたし、休憩回しやすくなったらしい」
 煙草の煙を吐きながら微笑む。
 一年しか生きてる経験が違わないのが不思議なほど余裕を持った男だ。
 八条はごみ捨て場に触れないよう反対の壁に椅子を立て掛けて座る。
 ビルの狭間とは言え立地に恵まれたルフナには、中庭程度のスペースがあり、ゆったりと休憩出来るようになっている。
 勿論、大抵は室内で過ごすのだが。
 喫煙者用に設けられた場所と言えるだろう。
 煙に関しては専門機関からの助言を取り入れて上手く店内や店頭に回らぬよう工夫しているらしいが、細かい仕組みは知らされていない。
 気兼ねなく煙草を吸えればそれで良い。
 だが、八条はそれが目的で来ているわけではなかった。
 名前の通り自慢の紅茶、ルフナを持ってこの場所で店内の喧騒から外れて一息吐くのが癒しなのだ。
「あ、三池の件は大丈夫でしたか? 朝の仕入れの電話」
「んー。シェフとも相談してんだが……まあ、年末までは変えないだろうな。業者も三池の担当も。新しい人材が見つかればって話だ」
 ランチでは前菜担当の三池は仕入れ作業が少なく、業者とのやり取りを任されている。
 責任は重いだろうが、適任だ。
 他はメインやスープ、デザートにパン、洗い場と朝から手が離せない担当ばかりだから。
「そう言やぁ、今日の賄いオレが作ったんだぜ。どうだった?」
「ああ……すね肉と蓮根のカチャトーラでしたね。五木さんにしては薄味でしたけど、二杯頂きましたよ。美味しかったです」
「薄かったか……」
「あ、淡い感じでしたね。ほら、蓮根が淡白ですから。付け合わせも白飯でしたし」
「カレースパイスでも混ぜれば良かった」
「でしたらバターライスにしてくださいよ。五木さんのあれ超えられないですから。マジで好きです、あれ」
「バターと米とその日の出汁しか使ってねえぞ」
「でも、旨いんです」
 昨夜も肉巻きキャベツに合わせて作ったが、自分ではいまいちと思っていたのだ。
 五木は特に気にしてないように三本目を味わい始めた。
「……お前さ、少し踏ん切りついたみたいだな。九出も云ってたが」
「気のせいですよ。まだへこんでます」
 それには相槌を打たず、静かに煙を漂わせた。
 ああ、快晴だ。

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