許容範囲内
第2章 誘う
「わかった。落ち着いて聞くから。なんで、初対面の男が家に泊まることになったの?」
九出は理解できないと眉を潜めて言葉を紡ぐ。
「それは……相手が来たいって言うんで」
「警戒心! あんたもう三十半ばでしょ?」
「そりゃ、警戒しましたよ。でも何というか、悪意がない相手ってわかりましたし、夕飯一緒にって買い物して料理作って酔った俺を介抱するために泊まるって申し出たんです。無下に出来ないでしょう」
串をコン、と容器に入れる。
既に注文したカツは無くなっていたので、またもコールボタンに指を這わせる。
「えー……そうか。いや、ごめんね。女の私から言うのもあれなんだけど、八条さんて本当に襲われないか心配なくらい人が良いから。ちょっと気を付けた方が良いって」
「わかってますよ。昨夜は相手からその気はないって宣言されましたから」
「それ信じて泥酔しちゃったんでしょ?」
「だから俺はノン」
「ご注文でしょうかー?」
現れた若い女性店員に、二人とも口をつぐむ。
「あ……牛バラ、長芋、紅しょうが。二つずつ。以上で」
「畏まりましたあ」
足音が遠ざかるで気を張る。
口火を切ったのは九出だった。
「わかった。昨日は昨日。その男が先に美容室にいたなら狙われてた訳でもない。新しい出会い。おーけー。それ以外は? なんかないの?」
溜め息を吐いて記憶を遡る。
それ以外。
あんな強烈な男以外?
思い付かない。
そこらですれ違った程度の女性なんて。
「九出さんのバーテンダーの話、まだ聞いてないですよ?」
だから、卑怯な切り返しで一時間を埋めた。
重力が半減した足取りで駅に向かう。
車は一晩泊めても構わない。
近隣のパーキングの警備に任せるだけ。
電車の振動に酔いを全身に広げられながら、最寄り駅に降り立つ。
見慣れた夜道を空を見ながら歩く。
星が見えるのは、何か安心感がある。
夜空。
それをテーマとした料理もあった。
前の前の店のオーナーの、ヒレステーキ。
あんな材料でよく表現しようと思ったものだと呆れつつも、出来上がった一品には感動した。
黒いソースの中央に完璧な丸のヒレが金箔にまぶされて。
あれは確かに、オーナーが見た夜空だったんだろうな。
曲がり角に来て、鍵を取り出す。
一川、か。
そう思った瞬間、本人が目の前に現れた。