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第3章 連れ出す


 朝靄が店の裏口を湿らせる。
 その湿度を追い払うように勢いよく扉を開いて、二人のシェフが出てきた。
 帽子を被りながら髪を整える一人が口を開く。
「五木さん、どう思う」
「何が」
 三つ違いではあるが、二人は言葉に固さを求めない。
 ルフナに勤め始めたのが、五木の方が半年ほど早いのもあるだろう。
「あんたのお気に入りの八条さんよ。ボーッとしてると変なやつに騙されそう」
「変なやつってなんだよ」
 九出がレタスのかごを重そうに持ち上げ、五木がそれを手伝おうと手を貸しかけたとき、噂の主がやって来た。
「隣の……お?」
 目を丸くして、彼女は八条の後ろを付いてくる男を見つめた。

「おはようございます」
 調度食材の運び込み中だった二人に挨拶をする。
 ぎこちなく返してくる理由を振り返る。
「メイン担当の五木さんと、オーブン担当の九出さんだ。上司だよ」
「あ、はい。初めまして。一川です」
 緊張しているようすもなく、ぺこりと頭を下げた一川を舐めるように眺め回す上司二人を訝しむ。
「……八条さん、その。噂の?」
「え? ああ、昨日話した美容室の」
 九出が頷く傍ら、五木は未だ一川から目を離さない。
 くいっと腕を引いてやっと反応する。
「朝食、食べていきたいって言ったんで。今日休みらしいですし」
「っても、オープン一時間後だぞ」
「隣のカフェで待つそうです」
「え? また泊めたの?」
 九出の視線が痛い。
 バカじゃねえの、と幻聴すら聴こえる。
 それでも首を縦に振って、一川がカフェに向かうのを見送った。
「オープンしたら、モーニングC頼め。デザートつきだ」
「わかった」
 にこりと微笑んで去った一川に、つい頬が緩んでしまう。
 まさしく少年だな。
 ああいう反応は。
 踵を返すと、九出が上から見下ろし、五木が段ボールに腰かけて下から睨み付けてきた。
「ええ?」
「八条さん、八条さん。本っ当に大丈夫?」
「店に友人を連れてくるなんていつぶりだ」
「いや、店の話したら朝食来たいって」
 朝五時の目覚ましでリビングデッドのように起きた一川は、ふらふらとシャワーに入り、出てきてからすぐそう申し出た。
 出勤経路に変わりはないので、そのまま連れてくることにしたのだ。
 五木は顎を手の甲でぐりぐりと押しながら、難しい顔をしている。
「最近の元気の原因はあの男か」

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