許容範囲内
第3章 連れ出す
美映に浮気を疑われたときのような語調に笑ってしまう。
「なんなんですか、お二人。早くタイムカード切らせてくださいよ」
押し退けて扉から入ろうとするが、肩を掴まれ引き戻されてしまう。
大人しく二人に向かい合う。
「……はい、俺はお人好しですよ」
「違うね。無知だよ。知らないことを知らないんだ、八条さんは。初対面の男を泊めるくらいだもん」
言葉を転がすように九出が云う。
「変な商品勧められたり、宗教紛いではないよな」
専門学校時代も、危なっかしいと警告してきた顔で五木が囁く。
「違うと思いますよ。なんですか。バツイチ同士共感で友人になっちゃだめですか」
なにか苛立たしさを感じ、八条は扉に再度手をかける。
いそいそと着替えを済まし、タイムカードを登録してから裏口に戻った。
既に食材を運び終えた二人が、腕を組んで話をしていた。
「そこまではわかんないけど……あ、八条さん」
「俺の話ですか」
呆れてしまう自分がおかしいのかわからない。
街は働きだし、通りが賑わい始める。
足音と車のエンジン音が響く。
そんな一角のビルの狭間で、三人のシェフが円を成している。
「八条さんはさ、自分がモテるって自覚ないから怖いんだよ」
「それはあるな」
「ナルシストの俺、気持ち悪くないすか」
「気持ちわるーい。でも安心信頼保険が効いてる」
「どういう意味ですか……」
今朝の仕込みは、この三人で済む量であり、他の従業員はオーナーを始め半時間後に現れる。
なので、とりあえず作業を進めることにして、厨房に入った。
そうなると、体は勝手に日々の仕事を淡々とこなすので、口だけに意識を向ける。
銀色の厨房を立ち止まることなくひっきりなしに動き回りながら、時にぶつかっては道を譲りながら三人は器用に会話をした。
「いや、事情はわかってもその一川蓮真はよくわかんないな」
そう言う五木が、ステーキソースを小気味良く音立てて混ぜ合わせる。
その後ろを、発酵させた生地を並べたケースを抱えた九出が通る。
「そーそ。素性なんてバツイチくらいでしょ」
「隣駅の方に住んでるらしいですよ」
冷凍室から十キロの肩肉の担いで出てきた八条が、ゴンと音を立てて台に置く。
「泊まりに行くんじゃないわよね?」
「行きませんよ」
「まだ、な」
ソースを真空パックに移した五木が呟いた。