許容範囲内
第3章 連れ出す
「オーナー来たよん」
扉から顔だけ出して、九出が告げた。
五木が瞬時に吸殻を灰皿に潰し、中に戻る。
珍しくスーツのオーナーが立っていた。
「あれ? オーナー、どこへ?」
「このあと会議で呼ばれてるんだ。朝は八人で回せるか?」
五十を過ぎたとはとても思えない、覇気のある太い声の彼は従業員の尊敬の的だ。
女性スタッフからの人気も高い。
胸板の厚さと首筋に浮き出た喉仏がその魅力らしいが、その辺はわからない。
「はい。頼んでたホールのヘルプは?」
「っ、おお。八時に来るはずだ」
腕時計を、確認しつつオーナーは食材を見て回る。
何が足りていて、どのような状態か。
それからホールの見回りに行って、足早に店を出ていった。
入れ違いで出勤してきた三池に、食材の不足を伝えて業者に連絡を入れてもらう。
これからが店が動く。
モーニングの客は外に列を作り始め、ホールスタッフが朝礼を行って、キッチンスタッフと連絡事項と予約客を確認する。
軽やかなクラシックが流れ、店の雰囲気は一気に営業モードとなる。
「八条さん、一川のことはホールリーダーに伝えなくて良いのか?」
「あ、伝えた方がいいですか? ゆっくり食事したいって言ってたんで、いいかなと」
五木が青手袋を填めながら眉を潜める。
「言っておけよ。厨房に挨拶来るかもだろ」
「わかりました。来ないと思いますけどね」
シューズを鳴らして、ホールリーダーの元へ早足で向かう。
オープンの掛け声と共に、客が店内に流れ込んでくる。
ホールが見えるガラスで隔てたキッチンの中では、モーニングセットが続々調理される。
卵が油を弾く音。
ベーコンが焼ける香ばしい匂い。
サラダを盛り付けるトングの金属音。
がやがやと客の会話の波。
騒がしい。
心地よい程度に騒がしい。
「四名様、ご案内いたしまーす」
「モーニングA、ポテトです」
「八番のバーガーあと何分?」
「三十秒で出します」
「スープカップ補充しといて」
「二名様ご案内いたしまーす」
「いらっしゃいまーせー」
無音が一瞬もない。
常に指示が飛び、厨房のスタッフ全員が次の作業を共有しながら手を動かす。
目線はあちこちに向けられ、アイコンタクトが交わされる。
八条は真鱈をソテーしながら、どれが一川の口に運ばれるのかをぼんやり考えていた。