許容範囲内
第3章 連れ出す
ジャバジャバと水を跳ねさせて、じゃがいもを豪快に洗う九出が便乗するように人差し指を上げる。
「予想は三日後。次の日八条さん休みだし」
「なんの予想立ててんですか。大体お二人が心配することってなんです? 一川は俺がゲイじゃないか、確認して泊まったんですよ」
「タチじゃないか確かめただけじゃないか?」
「五木さんっ」
学生時代のノリでからかわれては堪らない。
だが、その意見は九出を納得させるには十分だったようだ。
「確かに。それだ、絶対そう。八条さん見かけはタチっぽいもん。掘られたくないから……」
「ケツの安全確かめたんだろ」
女性に皆まで言わせぬよう被せ気味に言った五木の思いやりなど知ったことではない。
丁寧にいんげんの筋を取り除く繊細な作業も相まって、怒りがこみ上げる。
「っ加減にしてくださいよ! なんでそうも俺がヤられるの心配してんですか? 俺は高校生じゃねえんですよ? 四十が見えてきた、世間的にはオヤジ! 女性ならともかく、そんな言われるあれはないと思うんですけど」
爪の間に包丁が引っ掛かりそうになり、深呼吸をする。
玉ねぎのみじん切りを始めていた五木は、八条が落ち着くのを待ってから口を持ち上げた。
「からかってるわけじゃないんだ、八条さん。さっき一川を直接見てから思ったが、悪いやつじゃない。良い奴だ。世間的には。挨拶もちゃんとするし、姿勢も誤魔化せる。だから、こそだ。簡単に信用して、二人きりになるのは警戒が無さすぎる」
低い優しい声で諭され、八条も言い返さずに静かに聞く。
トントン、と包丁がリズムよくまな板を叩く。
九出はじゃがいもを全て蒸し器にセットして、グラスに注いだ冷水を飲んだ。
ふーっと息を吐いて、彼女は「トイレ」と一言残して出ていった。
男二人は無言で顔を見合わせる。
「……なんか、九出さんてらしいですね」
「本当に女かって思うな」
力が抜けて笑いが溢れる。
大方の仕込みが済んで、アンバサダーからカフェオレを注ぐと、タバコを吸いに外に出た。
あと数分もすれば、オーナーが来るだろう。
「蓮真ってスゴい名前だよな」
「俺も初めて聞いたときはキラキラかと思いましたよ、今流行りの」
「八条さんのいいよな。勲。男って感じ」
そういう五木の下の名前は、風馬だ。
アイドルみたいで似合わないと自嘲していた。