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第1章 愚痴る


「八条さん」
 一川の手が、伸びてくる……
 だが、意識が枕の底に落ち始めて、俺は目を閉じた。

 完全に寝息を立てている八条に、拍子抜けしつつも頬に触れる。
「……無防備だな」
 むにむにと唇を親指で弄る。
 吐息で指先が湿るのが、厭らしい。
 音を立てぬよう、顔を近づけて、額を触れ合わせた。
 広い額に、太い眉。
 男らしいな、八条さん。
 穏やかな気持ちに包まれるも、むずむずと蠢く気持ちを無視しきれないのも事実。
 他人の服と香りに心拍が速まっている。
 無意識に手が、下半身に向かう。
 軽く握っただけで、息が漏れる。
 こんな、美形の男の寝顔を前にしちゃ、普段は我慢なんて出来ない。
 瞑った瞼を汚してあげたい。
 唇も。
 耳も。
 綺麗な鎖骨も。
 腹筋の溝に汗を溜まらせて、濡れた肌をぶつけ合えたら……
 自制しようと歯を噛み締める。
 自慰でなんとか静めないと。
 下着の中に手を入れて、慣れた手つきで性器を弄る。
「っ……は、あ」
 他人の前ではしたない行為に浸る快感。
 溢れた液が音を立てる。
 爪先に力が籠り、腹部を締め付けるように筋肉が収縮する。
 脳内にバチバチとショートが起きる。
 擦れる痛みが過ぎれば、もうすぐ。
 先端を爪で刺激して、更に加速させる。
 腿から汗が滴る。
「う、く……っは」
 眉を歪めながらも目の前の八条を見つめ続け、彼の乱れる姿を想像する。
 ぎしり、とベッドを軋ませて達した。
「はあー……あー」
 荒く息を繰り返す。
 脱力感に浸り、手を下着から抜く。
 ティッシュ……
 そう思い立ったが、八条の寝顔に抑えきれない欲求が煮えたぎる。
 手のひらを舐めて、白濁に濡れた指先を彼の口許に持っていく。
 起きてしまわないかと言うスリルに、心臓が騒ぐ。
 ぴちゃり、と唇に液体を這わせる。
 緩く開いた中にも差し入れたいが、そしたら歯止めが効かなくなりそう。
 余った液体を舐め取って、八条と唇を重ね合わせた。
 軽く口を開き、舌を出して沿わせる。
 自分の精液と、八条の唾液が混ざったそれを惜しむように丁寧に。
 背筋に電気が走る。
 でも、駄目だ。
 今日はきっかけにすぎない。
 危険なことはここまで。
 だって、ゆっくり付き合いたいんだ。
 あんたとは。
 あと三回は逝かないと眠れないので、起こさぬように手洗いに立った。

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