テキストサイズ

マッチ売りの少女と死神さん

第4章 1月1日…それはかわいい君のせい



(こんな爺さんは今どうでもいいし)

ホーリーは両膝で握った自分の拳を見つめていた。
実際、細いロープの一つも引き千切ることが出来ない自分。
こんなに非力になっているとは。
サラが先ほど男たちに乱暴されそうになった時もそうだ。
あの時ホーリーは、当初の思惑を忘れていた。
自分以外の者からサラが傷付けられるのを実際に見て、無性に腹が立った。
本音を言うと、男たち全員に苦痛を与えたい。 そんな突発的な衝動に駆られていた。 だが、その中の一人を痛め付けるのが精一杯だった。

(あんなモノを彼女に触れさすわけにはいかなかったしなあ)

三度計画が台無しになってしまったが、今思えばあれで良かったように思う。
春の花のように朗らかで貞淑なサラ。
サラがあんな病に侵されるなんて、自分の美意識が許さない。


「そんなズケズケと物を言うもんじゃない……ゴホッ!」

……またしても考えごとを老人に邪魔をされる。
ホーリーは心から嫌そうな目で彼を見た。

「おお、ジジイには寒くてたまらん」

老いだけでなく、彼は卑屈そうな目をしている。 ホーリーは感じた。
欲しいものを決して言わない。
なのに内心は他人からの施しをいつも待っている。
金や食い物や服。
賞賛や親切心。
はては暇な時の話し相手などを。

「その髪の色……お前は外国人だろう。 わしの時代…戦争の際には、家族と離れ離れになり仲間を失ったものだ。 アダム・ミュラーだ」

ホーリーは相手の自己紹介に応えず黙っていた。
彼の期待に沿う気はこれっぽっちも無かったし、この時代の戦争は……などと、脳内で歴史を紐解いていたからだ。

「爺さんはドイツ人? その名前はたしか……ああ、思い出した。 戦時中に仲間を見捨てて戦犯になって、家に帰れなかったのがいるなあ。 なのに性懲りも無く、歳を取りゃ尊敬されるべき、なんて考えてるんだねえ」

確かサラと同じぐらいに、死期を迎えるリストに彼の名前があった。

「ククク…自分が若い頃には、年寄りなんてゴミぐらいに思ってたくせに。 けどさあ、なんで亡命でもして、人生やり直さなかったのお? 金も無くみっともなく老いて」

怒りに真っ赤な顔をし、起き上がった老人が咳き込みながらわめき始めた。
ホーリーは「やれやれ、うるさいなあ」と話を止め、重い腰を上げて立ち上がる。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ