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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第6章 契り

 淑妍が苦笑した。
「こんな場面を殿下がご覧になったら、私は間違いなく処刑されるでしょうね。殿下は、そなたを心から愛しておられる。殿下がこれほどまでに一人の女人にお心を傾けられるのは初めてのことです。恐らく、廃されてしまった伊淑儀ですら、ここまで殿下のお心を奪ってはいなかったことでしょう。そんな大切な女人を泣かせていると知れば、たとえ乳母の私でも、殿下はご容赦はなされますまい」
 そこで、淑妍の表情がふと緩む。
「莉彩、自分の気持ちをごまかしてはなりません。二つの中(うち)のどちらか一つだけを選ばねばならないとしたら、所詮は、二つともを選ぶことはできないのですからね。両方を得ようとすれば、どちらも手に入れずに終わってしまうものです。歴史や時代なぞ、どうでも良い、そなたには関わりなきことだと割り切りなさい。私が思うに、歴史はあくまでも人が作ってゆくものです。そなたが生きていたはるか未来では、私たちが生きるこの時代がどのように語り継がれているかは知りませんが、そなたがここにいることで未来が変わるというのなら、それが結局は、最終的な歴史のあるべき姿ということです。そんな途方もないことを考えるよりは、そなたは一人の女人として生きてゆくことをお考えなさい。歴史がどうこうだと悩むより、人間として後で自分の過ぎ来し方を後悔しない生き方を選ぶのです」
「淑妍さま」
 すすり泣く莉彩の髪を淑妍がそっと撫でる。
「もしかしたら、私は、そなたを利用しているのかもしれない。ですが、縁あって親子の絆を結んだ者として、年配者として、これだけは言っておきたかった。殿下をお慕いしているなら、その気持ちに素直に正直に生きるべきですよ。畏れ多いことながら、私は殿下の母代わりとしてお仕えさせて頂きました。殿下が後世の人々から聖君として敬愛され、その御世が盤石なものとなることを誰よりも願っています。殿下の治世を揺るぎないものにするためには、一日も早い世子(セジヤ)さまのご生誕が必要だし、また折角、世子さまがお生まれになっても、ご生母のご実家が力もない家門ではなりません。私の弟では、世子さまの後ろ盾になることはできませんから。それゆえ、来るべき事態に備えて、孫大監をあなたの父君にと申し上げたのです」

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