
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第6章 契り
淑妍が帰った後、莉彩は一人で考えに沈んだ。胸に膝を引き寄せて座り、顔を伏せる。
ふと思いついて、手鏡を取り出してきた。
覗き込んだ鏡の中には、泣いたせいで眼の縁を紅くした娘が映っている。自分では少しも変わったと思わないのに、王も淑妍も口を揃えて〝綺麗になった〟と言う。
むろん、賞められて嬉しくないわけはないけれど、たいして変わり映えのしないこの容貌のどこか綺麗なのか自分では皆目判らない。
莉彩は全く気付いていないのだ。潤んだ黒曜石のようなまなざしが、どれほど男の心を惑わし、その薄紅の唇がどれほど口づけを誘うかを。彼女の雪のように白い膚に誰もが手を伸ばして触れてみたいと思わずにはいられないかを―。が、己れの美しさや魅力を自覚せぬからこそ、莉彩は余計に男心をそそるのだろう。
艶やかな色香溢れる美貌とは裏腹に、己れの美しさをいささかも誇示せぬ清らかさこそが、莉彩の最大の魅力であったかもしれない。
すっかり冷えてしまった香草茶をひと口含み、莉彩は眉をしかめた。―途方もなく苦い。
莉彩はそこで我に返り、慌てて拭き掃除を思い出し、部屋を飛び出したのだった。
更にそれから数日が経過した。
その日、莉彩はいつものように大量の洗濯物を終え、大妃殿の拭き掃除に行った。拭き掃除はいつも場所が決まっているとは限らず、莉彩のような下っ端女官が交代制で今日は大妃殿、明日は大殿というように日替わりで行うのだ。ゆえに、その日によって担当する場所は違う。
確か大妃殿の当番だったのは、数日前、丁度、淑妍がおとなってきた日だった。淑妍が帰った後、莉彩は慌てて大妃殿に赴いたものの、既に大妃殿の別の女官が行ったということで、何もせずに帰ってきた。
先日のこともあるので、今日はいつもより念入りにしようと張り切って出向いてきたのまでは良かったのだけれど、大妃殿に着く前に、いきなり大勢の女官たちに取り囲まれた。
そこは、〝南園〟と呼ばれる宮殿の庭園の一角だった。到底人工とは思えない巨大な池があり、一角に設けられた四阿は池の上に張り出しており、ここから王やその后妃たちが池の鯉に餌をやるという趣向になっている。
とはいっても、莉彩たち一般の女官には縁のない優雅な遊びだ。
ふと思いついて、手鏡を取り出してきた。
覗き込んだ鏡の中には、泣いたせいで眼の縁を紅くした娘が映っている。自分では少しも変わったと思わないのに、王も淑妍も口を揃えて〝綺麗になった〟と言う。
むろん、賞められて嬉しくないわけはないけれど、たいして変わり映えのしないこの容貌のどこか綺麗なのか自分では皆目判らない。
莉彩は全く気付いていないのだ。潤んだ黒曜石のようなまなざしが、どれほど男の心を惑わし、その薄紅の唇がどれほど口づけを誘うかを。彼女の雪のように白い膚に誰もが手を伸ばして触れてみたいと思わずにはいられないかを―。が、己れの美しさや魅力を自覚せぬからこそ、莉彩は余計に男心をそそるのだろう。
艶やかな色香溢れる美貌とは裏腹に、己れの美しさをいささかも誇示せぬ清らかさこそが、莉彩の最大の魅力であったかもしれない。
すっかり冷えてしまった香草茶をひと口含み、莉彩は眉をしかめた。―途方もなく苦い。
莉彩はそこで我に返り、慌てて拭き掃除を思い出し、部屋を飛び出したのだった。
更にそれから数日が経過した。
その日、莉彩はいつものように大量の洗濯物を終え、大妃殿の拭き掃除に行った。拭き掃除はいつも場所が決まっているとは限らず、莉彩のような下っ端女官が交代制で今日は大妃殿、明日は大殿というように日替わりで行うのだ。ゆえに、その日によって担当する場所は違う。
確か大妃殿の当番だったのは、数日前、丁度、淑妍がおとなってきた日だった。淑妍が帰った後、莉彩は慌てて大妃殿に赴いたものの、既に大妃殿の別の女官が行ったということで、何もせずに帰ってきた。
先日のこともあるので、今日はいつもより念入りにしようと張り切って出向いてきたのまでは良かったのだけれど、大妃殿に着く前に、いきなり大勢の女官たちに取り囲まれた。
そこは、〝南園〟と呼ばれる宮殿の庭園の一角だった。到底人工とは思えない巨大な池があり、一角に設けられた四阿は池の上に張り出しており、ここから王やその后妃たちが池の鯉に餌をやるという趣向になっている。
とはいっても、莉彩たち一般の女官には縁のない優雅な遊びだ。
