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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第8章 いつか、きっと

 莉彩は二人の想い出の場所に佇んでいた。
 そう、都の外れ―、莉彩が十年前に時を飛ぶきっかけとなったあの故郷のY町の町外れにも似た風景だ。
 商家がちらほらと点在する狭い道を抜けた先に現れる橋は、Y町の寂れた商店街の先にある小さな橋と酷似していた。むろん、そっくりそのままというわけではないけれど、ここに立っていると、まるでデジャブを見ているように懐かしいふるさとのあの橋周辺を思い出す。
 莉彩が今、身につけているのはチマチョゴリではない。四ヵ月前にこの時代に現れたときに着ていた通勤用のパステル・ピンクのスーツだ。
 淑容の位階を得てから、莉彩の纏う衣裳は随分ときらびやかになった。それまで着ていた女官のお仕着せではなく、華やかな色合いの美々しいチマチョゴリに代わった。莉彩がお気に入りのリラの簪を挿していても、もう誰も文句を言う者はいなくなった。
 徳宗が明るい色を着せたがるので、莉彩は自然と派手やかな色柄の衣裳を纏うことになる。あまり目立たない色目のものを身に纏っていると、
―そなたには明るい色が似合う。
 と言っては、次々に新しいチマチョゴリを作らせた。
―そのようにたくさん頂いても、着ることができませぬ。
 莉彩は弱り果て、箪笥にしまい込んでいるチマチョゴリを女官たちに分け与え、それを見た徳宗が大いに機嫌を損ねたこともあった。
―殿下、あまり衣装代にお金を使い過ぎると、外聞が悪うございます。
 控えめに言った莉彩に、徳宗が照れたように笑いながら〝確かにそうだな。これでは、女の色香に溺れた好色な王だと誹られても、致し方ない〟と零したことも。
 今となっては、すべてが懐かしい。
 きっと、莉彩は徳宗のことを忘れないだろう。いや、忘れられるはずがない。
 二十六年間の生涯で初めて恋に落ち、生命賭けで愛し抜いたひとだった。
 次々と妃の纏う衣服を新調する徳宗だったが、不思議と簪だけは新しいものを与えることはなかった。
―莉彩には、やはり、りらの花の簪がいちばん相応しい。
 そう言って、艶やかな黒髪を飾るリラの簪を眼を細めて眺めていた。

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