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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第8章 いつか、きっと

 パステル・ピンクのスーツを着た莉彩は、今、二人の想い出の場所に立つ。シニヨンにした髪に挿しているのは、もちろんリラの花の簪である。
 この簪は、莉彩がいた二十一世紀に還るには必要不可欠なものだ。莉彩はそっと手を伸ばして簪に触れた。
 アメジストの花びらがひんやりと手のひらに触れる。
 夜空を見上げ、莉彩は溜息をついた。
 不思議なものだ。今回は意図したわけではないのに、空には満ちた月が浮かんでいる。
 満月の夜には不思議なことが起こると、昔から人は言い伝えてきた。やはり、自分が気の遠くなるような時の流れを行き来するのにも、月の満ち欠けは大きな拘わりを持っているのだろうか。
 現代へ戻る決意を固めた夜が満月だったというのは、何か天の意思までもが自分(莉彩)はこの時代にいてはいけないと言っているようだ。
 この選択が正しかったかどうかは、多分、後に記されることになる歴史書が教えてくれるはず。
 ぬばたまの闇にぽっかりと浮かぶクリーム色の月を眺めながら、莉彩は静かに眼を閉じた。
 遠くでまだらな星が時折、思い出したように瞬いている他は何もない静かな、淋しい夜だった。
 現代に還るための呪文なんてあるわけでもないから、ただ、素直に私を元いた時代に戻して下さいと誰にともなく祈った。
 眼裏に浮かぶのは、あの男の笑顔。
 莉彩の代わりに自分を鞭打てと言ったときのあの男の涙。
 ああ、私は何という不謹慎な女だろう。
 現代へ戻る覚悟をしたというのに、こうして、あの男のことばかり考え、思い出している。
 その時、莉彩の耳を聞き慣れた声が打った。
「そなたは、いつも私に何も告げずに一人でゆくのだな」
 最初、莉彩は空耳かと思った。あまりにあの男の面影ばかり追っているから、そのせいで幻の声が聞こえたのかと思ったのである。
 だが、思わず振り向いた莉彩の瞳に映ったのは、やはり大好きなあの男の姿だった。
 徳宗が莉彩に向かって歩いてくる。
「莉彩、行くな。そなたなしで、私はこれからどうやって生きてゆけば良い?」
 振り絞るような悲痛な声に、莉彩は泣きたくなる。

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