
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第9章 MooN Light
MooN Light
吐き出す息が白い。身の傍を駆け抜けてゆく風は身震いしてしまうほど冷たく、身体の芯から凍えてゆくようだ。莉彩はかすかに身を震わせ、キルティングのコートの衿許をかき合わせた。
そっと隣を窺うと、幼い息子は小さな可愛らしい顔を真っ赤にして、それでも一生懸命に遅れまいと脚を動かしている。思わず笑みが零れ、莉彩は立ち止まった。急に立ち止まった母を息子は不思議そうな表情で見上げる。
「お母さん、どうしたの?」
莉彩はしゃがみ込み、子どもの眼線の高さになった。
「そんなに急がなくても良いのよ? 今日はお月さまがほら、あんなに大きく見えるでしょう? 綺麗なお空を見ながら、ゆっくり帰りましょ」
「うん!」
子どもは三歳くらいだろう、ちっちゃな口許辺りが莉彩によく似ている。つぶらな黒い瞳が愛らしく、莉彩が手編みしたフード付きのケープがよく似合っている。グリーンのケープには白いトナカイのアップリケが縫い付けられていた。
二月の宵の空に、黄味がかった月が掛かっている。かすかにほの見える月の影に、子どもが指さしながら言った。
「お母さん、お月さまの兎さんが見えるよ。ほら、ね」
毎夜、添い寝してやりながら聞かせる物語で、月に棲むという兎の話をしたことがある。月に浮かび上がった模様が兎の形をしていることから、月には兎が棲んでいて餅つきをしているのだ―という他愛ない子ども向けの話である。
今夜のような満月を見ると、莉彩の記憶は嫌が上にもあの日々へと引き戻されてしまう。二度と帰れないであろう、帰ってはならないあの日々へと。
四年前、莉彩ははるかな時を越え、再び五百六十年前の朝鮮へと飛んだ。実はその前にも一度、莉彩は同じ時代へと時を飛んでいる。
今を遡ること十四年前に十六歳の莉彩は時空を旅して千四百年代後半の朝鮮王国へと辿り着き、そこで当時の国王―第九代朝鮮国王徳宗とめぐり逢った。莉彩の髪を飾るアメジストの簪が運命的に二人を引き寄せたのである。
吐き出す息が白い。身の傍を駆け抜けてゆく風は身震いしてしまうほど冷たく、身体の芯から凍えてゆくようだ。莉彩はかすかに身を震わせ、キルティングのコートの衿許をかき合わせた。
そっと隣を窺うと、幼い息子は小さな可愛らしい顔を真っ赤にして、それでも一生懸命に遅れまいと脚を動かしている。思わず笑みが零れ、莉彩は立ち止まった。急に立ち止まった母を息子は不思議そうな表情で見上げる。
「お母さん、どうしたの?」
莉彩はしゃがみ込み、子どもの眼線の高さになった。
「そんなに急がなくても良いのよ? 今日はお月さまがほら、あんなに大きく見えるでしょう? 綺麗なお空を見ながら、ゆっくり帰りましょ」
「うん!」
子どもは三歳くらいだろう、ちっちゃな口許辺りが莉彩によく似ている。つぶらな黒い瞳が愛らしく、莉彩が手編みしたフード付きのケープがよく似合っている。グリーンのケープには白いトナカイのアップリケが縫い付けられていた。
二月の宵の空に、黄味がかった月が掛かっている。かすかにほの見える月の影に、子どもが指さしながら言った。
「お母さん、お月さまの兎さんが見えるよ。ほら、ね」
毎夜、添い寝してやりながら聞かせる物語で、月に棲むという兎の話をしたことがある。月に浮かび上がった模様が兎の形をしていることから、月には兎が棲んでいて餅つきをしているのだ―という他愛ない子ども向けの話である。
今夜のような満月を見ると、莉彩の記憶は嫌が上にもあの日々へと引き戻されてしまう。二度と帰れないであろう、帰ってはならないあの日々へと。
四年前、莉彩ははるかな時を越え、再び五百六十年前の朝鮮へと飛んだ。実はその前にも一度、莉彩は同じ時代へと時を飛んでいる。
今を遡ること十四年前に十六歳の莉彩は時空を旅して千四百年代後半の朝鮮王国へと辿り着き、そこで当時の国王―第九代朝鮮国王徳宗とめぐり逢った。莉彩の髪を飾るアメジストの簪が運命的に二人を引き寄せたのである。
