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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第12章 Full Moon

  Full Moon

 年が明けて、都は静かな歓びに包まれた。長らく病臥していた国王徳宗の病が漸く癒えたと公表されたからである。
 徳宗は後に幼い息子が進言したとおり、ネタン庫を開き、王室の財宝を惜しみなく庶民に分け与え、また大臣たちにも王室に倣うように命を出した。このことにより、徳宗はますます徳の高い聖君としての名声が高まった。
 そして、徳宗の傍らには常にただ一人の女人がひっそりと寄り添っていた。孫淑容である。
 徳宗は莉彩に語った。
「予は聖泰の果たせなかった志を受け継ぎ、貧困に苦しむ民をただの一人でも救済したい。あの子が王となって行うはずだったことを、あの子の代わりに行いたいのだ」
 莉彩には王の言葉にこめられた真摯な想いが痛いほど伝わってきた。
 賑やかな商家が軒を連ねる往来を抜けると、都の外れに出る。更にあまり客も入らぬ小さな店が幾つか欠けた櫛の歯のように並ぶ小道を抜ける。その先には名前も知られぬ小さな川にかかる小さな橋。
 今、莉彩はその橋のたもとに立っていた。
 頭上には紫紺の空に蒼ざめた満月が上っている。
 すべての景色が夜の底に沈み、ひそやかに鳴りを潜めていた。
 二十一世紀の現代日本にもここによく似た場所があることを、莉彩は知っている。
 かつてはよく通っていた場所、見慣れた風景。
 でも、もう二度とその場所を通ることも見ることもないだろう。
 莉彩はゆっくりと小さな橋を渡った。
 鮮やかな緋色のチョゴリと緑のチマを纏った莉彩はどこから見ても、この時代の女性だ。
 結い上げた艶やかな黒髪からそっと簪を外す。徳宗と莉彩を幾つもの時代、はるかな時の流れを越えて引き寄せ、結びつけたリラの花の簪である。
 ひとすじの月光が花びらの部分にはめ込まれたアメジストをきらめかせる。
 莉彩は橋の上に佇み、しばらく音もなく流れる川面を見つめていた。
 やがて、その手から輝く光を放ちながら、きらめきながら一輪の花が水面に向かって落ちてゆく。そう、それは光り輝くリラの花。

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