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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第2章 一人だけの結婚式

「いいえ、崔尚宮さまはお優しいし、色んなことを教えて下さいます。新しいことを憶えるのが愉しくて、毎日、時間が飛ぶように過ぎてゆきます」
「そうか、それは良かった。莉彩。その髪飾り、よく似合っているぞ」
 王が莉彩の髪にそっと触れた。ほんの少し触れただけなのに、そこだけがまるで熱を持ったように熱い。
「畏れ入りましてございます(ハンゴンハオニダ)」
 莉彩がまたも憶えたての常套句を口に乗せると、王は笑った。
「もう、良い。莉彩。そなたの前では、予は国王でも何者でもない。ただの一人の男だ。そのように畏まられると、予の方が哀しくなるではないか」
 王は半ば戯れ言めいて言い。
「予と二人だけで逢うときには、また、その髪飾りを付けてきてくれ」
 その言葉に弾かれたように顔を上げると、王の屈託ない笑顔があった。
 互いの呼吸すら聞こえそうなほどの近さに、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「明後日の晩、ここで再び逢おう」
「―!」
 何か言おうとしたが、その言葉はふいの口づけで遮られた。
 鳥の羽根がかすかに触れるほどの接吻、それでも、莉彩にとっては初めてのキスだった。
 莉彩が我に返った時、既に王の姿はその場にはなかった。
 赤や黄金色に染め上がった庭の樹々がただ静かに晩秋の風に吹かれているばかり―。
 十一月も下旬に入り、樹々も半ば葉を落とし、落ち葉に埋め尽くされた地面はまるで鮮やかな絨毯を敷きつめたようだ。
 莉彩の手に、一枚のハンカチが残された。そっと手のひらにひろげてみる。
 純白のハンカチの片隅に紫の花が縫い取られている。
「もしかして、これはリラの花?」
 思わず声に出して叫んでしまって、慌てて口を押さえる。
 王がこのハンカチを持っていたのは単なる偶然だろうか。
 思わず期待に胸がときめきそうになり、思わず自分を叱る。
 あの方はけして愛してはいけない男。どんなことがあっても、この感情(おもい)を表に出してはならない。

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