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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第3章 接近~近づいてゆく心~

「ご心配なさらずとも、私は殿下の側室になどなるつもりはございません! どれだけ綺麗な着物を着て、ご馳走を食べることができても、一生鳥籠に閉じ込められるのなんて、ご免だもの。私には故郷(ふるさと)に待っている家族もいるし、付き合っている男(ひと)だっているんです。ご心配には及びませんよ、大妃さま。頼まれなくても、こんなところ、さっさと出ていきますから」
「な、何と、無礼な」
 大妃の唇が怒りのあまり小刻みに震えている。
「中殿の座が空いて既に十年、身分賤しくともかほどに殿下のお心を捉えた娘ならば、人柄を直々に確かめようと思うておったものを。心映えの良き者ならば、この際、正式な側室に直さねばならぬかと私はそなたを呼んだのだぞ」
 たった今、はっきりと側室として認めるつもりはないと言ったくせに、どこまでが本音かどうか知れたものではない。
「そなたは、最初から殿下のお心を惑わしたと申すのか? 故郷に恋人がおる身で、殿下のご寵愛をお受けした不埒者であるのか」
 大妃の憤怒は頂点に達したようだ。
 わなわなと震えている大妃に、莉彩は唇を強く噛んだ。あまりに強く噛んだため、切れたのか口中に鉄錆びた味がひろがる。
「いいえ、大妃さま。故郷の恋人には別れようとちゃんと伝えるつもりでいました。―私も国王殿下が好きです。大好きです。でも、幾ら心からお慕い申し上げていても、私は殿下のお側にいてはいけない人間です。昨夜は、そのことをはっきりと殿下にお伝えしました。だから、先ほども申し上げました。私と殿下の間には何もありませんと言ったはずです」
 この時代、一女官が王の母である大妃にここまで物をはっきりと言うのは到底常識では考えられないことだ。
 また、大妃の前で王への恋慕の情を隠そうともせずに堂々と述べ立てたのも、大妃を初め皆の度肝を抜いた。
「そなたの申すことが真であるなら、それもまた、はなはだ無礼なことだ。後宮の女官であれば、皆、殿下の御意に従うのが筋というものを、賤しい身で殿下の思し召しを拒むとは由々しきことよ」
 大妃付きの孔尚宮などは、もう眼をひき剥かんばかりに愕き呆れている。内心で、全く奥ゆかしさの欠片もない蓮っ葉な娘だと思っているのは明らかだった。

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