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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第5章 想い

 その五分後、二人は〝ミルフィーユ〟の前で別れた。
 ミルフィーユとは、幾層にも重ねて焼き上げた洋菓子を意味する。莉彩と慎吾は、共に過ごした歳月の分だけの想い、二人だけの特別な何かを積み重ねることができなかった。それが、別離の最大の原因なのかもしれない。
 だが、その責任の一端が自分にないと、どうして言えるだろう?
「じゃあ、元気で」
 慎吾が言い、片手を上げる。
「和泉君もね」
 莉彩もまた笑って手を振る。
 これが十三年間の結末なのか。だとすれば、あまりにも呆気ない終わり方だった。多分、ここで別れたら、慎吾とは二度と逢うことはないだろう。何故だか、莉彩はそんな気がした。
 背を向けて歩き去る慎吾とは逆方向に向かって、莉彩もまた歩き出す。どれくらい歩いただろう、ふいに呼び止められた。
「莉彩」
 莉彩は立ち止まり、首だけをねじ曲げるようにして振り向く。
 五十メートルくらい前方に、慎吾が何かに耐えるような表情で物言いたげに立っていた。
 莉彩は思わず涙が込み上げてくるのを懸命に堪(こら)えて、微笑んで手を振る。力一杯、手を振る。幼稚園の頃、大好きだったクラスの先生が結婚退職するときに泣きながら見送ったように涙ぐんで手を大きく振り続けた。
 慎吾がニッと笑う。そんな彼の眼にも光るものがあった。慎吾は二、三度手を振り返すと、後は踵を返して逃げるように走り去った。
 まるで、ずっとその場にいたら、そのまま石になって動けなくなってしまうとでもいうように。
―さようなら、和泉君。さようなら、私の青春。
 慎吾との月日が今、本当の意味で終わったのだ。初恋とも呼べないような淡いものだった。もし、慎吾への想いを恋とは呼べないともっと早くに莉彩が気付いていたなら、こんな風に彼を深く傷つけることはなかっただろうに。何もかも、莉彩の幼さ、未熟さが招いた悲劇だった。
 莉彩は慎吾の姿が見えなくなっても、ずっとその場に立ち尽くしていた。

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