
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第5章 想い
母は不満そうに口を尖らせる。母は今年、五十三になった。娘の莉彩から見ても、五十三には見えない、若々しい母だと思う。母は莉彩が幼い頃から〝パパ、ママ〟と呼ばせていた。まだ小学校低学年頃までは素直にそう呼んでいたのに、いつしか友達の前で〝パパ、ママ〟と呼ぶのが恥ずかしくなって止めてしまった。
莉彩がとっくに止めてしまった今でもまだ、母は莉彩の前で自分のことを〝ママ〟と呼んでいる。でも、莉彩は、そんな母が嫌いではなかった。レースのエプロンが似合って、得意な料理はハンバーグとシチューで、韓流ドラマが大好きな母。
母にもし、莉彩が五百五十年前の朝鮮にタイムトリップしたのだと話したら、どんな顔をするだろうか。幾ら夢見がちな母でも、まさか本気にはしないだろう。
それでも、莉彩は母に話してみたくなるときがあった。
―お母さん、私、心から愛する男ができたの。
と。
だが、それは、けして口にしてはならない科白だ。あの男のことは、あの出来事は誰にも話さないと莉彩は決めていた。
莉彩は笑顔で言った。
「夕食はやっぱり、無理そうね。夏にはまた、まとまった休みが取れるのよ。今度は一週間くらいは家にいられると思うから、そのときまで待っててよ」
朝食後、莉彩は友達の家に出かけると言って、自宅を出た。
だが、莉彩の目的は別の場所にある。莉彩は両手にリラの花束を抱えていた。北海道の空港の売店で買ったものだ。
着ているのはパステルピンクのスーツで、普段、通勤に着ているものだ。さしてお洒落心のない莉彩には幾ら頭を悩ませても、これくらいしか晴れ着らしいものは思い当たらなかった。
腰まで届くストレートのロングヘアは後頭部でシニヨンにまとめている。髪にはリラの花を象った簪を一つ。これは十年前、父が韓国旅行の土産にと買ってきたものだ。不思議な露天商が売っていたという年代物の簪は、朝鮮王国時代、とある国王の寵妃が身につけていたものだった。その当時、リラ―つまりライラックが朝鮮に存在したはずはないのに、確かにこの簪はリラの花の形に似ていた。
莉彩がとっくに止めてしまった今でもまだ、母は莉彩の前で自分のことを〝ママ〟と呼んでいる。でも、莉彩は、そんな母が嫌いではなかった。レースのエプロンが似合って、得意な料理はハンバーグとシチューで、韓流ドラマが大好きな母。
母にもし、莉彩が五百五十年前の朝鮮にタイムトリップしたのだと話したら、どんな顔をするだろうか。幾ら夢見がちな母でも、まさか本気にはしないだろう。
それでも、莉彩は母に話してみたくなるときがあった。
―お母さん、私、心から愛する男ができたの。
と。
だが、それは、けして口にしてはならない科白だ。あの男のことは、あの出来事は誰にも話さないと莉彩は決めていた。
莉彩は笑顔で言った。
「夕食はやっぱり、無理そうね。夏にはまた、まとまった休みが取れるのよ。今度は一週間くらいは家にいられると思うから、そのときまで待っててよ」
朝食後、莉彩は友達の家に出かけると言って、自宅を出た。
だが、莉彩の目的は別の場所にある。莉彩は両手にリラの花束を抱えていた。北海道の空港の売店で買ったものだ。
着ているのはパステルピンクのスーツで、普段、通勤に着ているものだ。さしてお洒落心のない莉彩には幾ら頭を悩ませても、これくらいしか晴れ着らしいものは思い当たらなかった。
腰まで届くストレートのロングヘアは後頭部でシニヨンにまとめている。髪にはリラの花を象った簪を一つ。これは十年前、父が韓国旅行の土産にと買ってきたものだ。不思議な露天商が売っていたという年代物の簪は、朝鮮王国時代、とある国王の寵妃が身につけていたものだった。その当時、リラ―つまりライラックが朝鮮に存在したはずはないのに、確かにこの簪はリラの花の形に似ていた。
