革靴を履いたシンデレラ
第2章 舞踏会の心得
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さておき。
招待状に目を通した案内人が、入口で三人の名を読んだ。
「アシュフォード家からシンデレラ様、アンリエット様、ルナ様ご到着!」
舞踏会の会場に足を踏み入れ周囲を見回す。
入り口をくぐってすぐの大きなホールは、まるで別世界にいるかのような雰囲気に包まれていた。
その光景はさながら演劇の舞台のよう。
彼らはしばしその美しさに見惚れた。
「まああ」
「わあ…!」
「…ほお」
姉アンリの目は城の豪華な内装や調度品に奪われ、
妹ルナは所狭しと並ぶご馳走に釘付けになり、
弟シンデレラは蝶のごとくとりどりに飾られた女たちに目を細める。
「姉君たち。 どうやらここでは別行動のようだ」
早々に向けられ始めた自分への視線を肌で感じつつ、シンデレラは唇を舐める。
「お待ち」
と、蝶の元に歩み寄ろうとするシンデレラの腕を、アンリにがっちりとつかまれる。
「シンデレラよ。 分かってるわね? 今宵の貴方は」
「………あくまで紳士的な振る舞いを。 間違っても女性を引っかけて、すぐに暗がりに連れ込まないこと…とはいえどもね。 向こうから来るものは」
シンデレラの言葉をきっぱり遮り、アンリが彼に、今晩のため事前にこんこんと言い聞かせていたミッションを復唱させようとする。
「して、目標は」
「家柄よく金持ちで大人しい娘、出来れば次女………?」
「よろしい」
満足そうに頷いたアンリがようやくシンデレラを離した。
彼が頭を掻きながらその場を離れる。
「やれやれ………」
(大義姉さんも優しい人なのだが。 借金を背負ってまでも、血の繋がらない俺を見捨てずに育ててくれた)
女学校一明晰といわれた将来を捨て、父親の死でショックで弱ってしまった義母や、まだ幼いシンデレラの世話をしてくれたのは主に大義姉のアンリである。
「俺の身の振り方ひとつで家族が幸せになるのなら、やっと恩返しが出来るというものだろう」
特に悲観するわけでもなくシンデレラはそう受け止めていた。
女性は通常、二十歳までには嫁ぐ。
それを超えると『何か問題がある売れ残り』として敬遠される世の中である。
借金と生活のため、アンリが一家のために自分の青春を犠牲にしたのは間違いない。