革靴を履いたシンデレラ
第1章 シンデレラの優雅な一家
「シンデレラっ!? 納屋の掃除は終わったの? 水汲みがまだじゃないの!」
シンデレラの義姉が浴室の扉を響き渡るような音を立てて開けた。
彼女の目の前に、庶民としてはいささか贅沢な浴場が広がる。
壁や天井にタイル状の大理石が施され、ポツポツ並ぶオレンジ色の灯り。
大きな円形の浴槽からは細かな湯気が立ち昇って煌めき揺れていた。
そんな光景を押しのけて、一番に目に飛び込んで来たもの─────それは、イルミネーションの輝きに負けじと美しい彼女の弟・シンデレラが、楽しげに女たちと戯れる姿。
浴槽に浸かっていたシンデレラは、入口に立つアンリエット、もといアンリの方へと視線を流す。
「ああ、アンリ大義姉さん。 少しばかり朝湯が長引いてしまったかな。 ほら、彼女たちがなかなか離れてくれないものだから」
ちなみに彼女たち、とは。
裸身を晒して彼にしなだれかかっている、二人の見知らぬ若い女のことである。
「シンデレラ様あ。 御用事ならば、私たちがいたします」
「そうですわ。 この御手に怪我でもあれば大変ですもの」
女がうやうやしくシンデレラの手を取り、指先に口を付ける。
彼の通った鼻筋の下の唇の端が軽く上がる。
彼女らを映すその瞳は慈愛に満ちていた。
ただし彼のそれは例えるなら、美しい花や可愛らしい愛玩動物に向けられる表情。
にもかかわらず微笑一つで、女は何度も眼前の男に恋をしてしまう。
「フフ、こんな朝は…歌でも口ずさみたくなるな」
「「きゃああ、シンデレラ様あ歌ってえ!」」
ふわりと繊細なテノールが鼻歌となり
「lalalala……」
浴場がちょっとしたステージとなる。
「lulu……俺の可愛いにゃんこオ────……」
(藤井風ばりの良い声なのに歌詞が酷い!?)
目をハートにして聴き入る女たち。
「「シンデレラ様あ……」」
毎度毎度のことながらアンリは諸々のことに軽く目眩を覚えた。